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【本誌アーカイブ】林信行の「アーティスティック インスピレーション」 第五回 アートはスティーブ・ジョブズのモノづくりにどのような影響を与えたのか(vol.21)

林信行の「アーティスティック インスピレーション」
第五回 アートはスティーブ・ジョブズのモノづくりにどのような影響を与えたのか
2024年10月8日発行『ONBEAT vol.21』掲載

 

林信行

 

アートは人々にどのようなインスピレーションを与え世界を変えてきたのか。 タイトルとスタイルを少し変更しお届けする林信行の連載コラム。 今回は林信行が1977年の創業直後から注視してきたスマートフォン革命の先導者 故スティーブ・ジョブズとアートの関係を紐解いていきたい。新しい時代を切り開き続けたビジョナリーで、人々の心を動かし世界を変え続けたアントレプレナーはどんなアート作品から、 どんな影響を受けていたのか。  

 

経営スタイルにアートを活かしたジョブズ

1980年代からスティーブ・ジョブズの動向を追ってきたが、実は一度、彼がアート作品に心を弾ませている姿を見たことがある。2003年秋、アップル社がオルセー美術館を貸切って開いたパーティーでのことだった。おそらく、それまでにも何度も訪れたことはあっただろうが、さすがに貸切は初めてだったのだろう。建物の内装やゴッホの自画像を含む印象派のコレクションを部下に解説しながら熱心に携帯電話で撮影していた姿が、今でも強く印象に残っている。ちなみにジョブズの好みをよく知るスタッフたちは、その前の年はロダン美術館を貸切って同様のレセプションを開いていたようだ。ジョブズはアップル創業後、本格的に新版画の収集を始めたようで、銀座の老舗の画廊「兜屋画廊」を度々訪れて最終的に48点以上の新版画を買ったことが知られている。

ビジネスを成功させ財政的な余裕ができてからアートに興味を持つ経営者は多い。しかし、ジョブズは若い頃からアートに興味を持ち、それを自らのビジネスにも役立ててきた稀有な存在だ。生みの親を知らずに育ったジョブズは、高校生の頃から文学や音楽に傾倒していく。そんなジョブズが、おそらく最初に受けたアートの洗礼が日本の新版画との出会いだ。 電子工作に熱中していた中学・高校生時代の親友であるビル・フェルナンデスの家に川瀬巴水の《日光への道》を含む新版画がたくさん飾られていた。実はフェルナンデスの祖父が新版画の研究者で1930年代から作品を蒐集していた。コレクションを引き継いだ母親は、床の間など日本家屋に似た雰囲気をアメリカの家具を使って再現しようとしていた。他のアメリカ家庭では見かけない独特の雰囲気にジョブズは大きな影響を受けたとフェルナンデスは語る。後にジョブズが禅などの日本文化に傾倒したのも、これがきっかけだろう。  

 

高木利弘主催のグローバル・デジコンサロンにオンライン登壇し、川瀬巴水の《日光への道》を手にジョブズと新版画の関係を語る元アップル社員でジョブズの同級生のビル・フェルナンデス氏。

 

ジョブズは大学選びでも他の電子工作好きの少年とは異なる選択をした。名門スタンフォード大学など工学系で有名な大学には「そんなのアートではない。 自分はもっとアートなこと、面白いことがしたい」と興味を示さず、代わりにリベラルアーツ教育で知られていたリード大学を選んだ。大学は中退したが、そこで聴講した英習字の授業が、Macの文字表現にインスピレーションを与え、それがきっかけでDTP(Desktop Publishing)と呼ばれる技術を誕生させ、世界に衝撃を与えた電子出版の革命を起こしたのは有名な話だ。

大学時代のジョブズは文学や映画、プラトンなどの哲学、LSDなどのドラッグ、インドの宗教やヒッピー文化などに感化されていくが、最終的にジョブズの心をとらえたのは日本の禅とコンピューターの開発、そして人々に価値をもたらす製品を作ってそれを商売にすることだった。こうしてアップル社を創業。 2つ目の製品、「アップルI」の世界的なヒットでアップル社はフォード・モーター社以来、最も急成長を遂げた会社となった。ジョブズも20代半ばにして1億5500万ドル(現在の日本円にして790億円ほど)の資産を持つようになった。

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