アーティスト名 さ行

【本誌アーカイブ】千住博 スペシャルインタビュー(vol.15)

展示風景:高野山金剛峯寺障屏画 瀧図(奥) 崖図(手前) Photo:Nacasa & Partners Inc.

千住博 スペシャルインタビュー 聞き手・文=藤田博孝(ONBEAT編集長) 2021年11月15日発行『ONBEAT vol.15』掲載

2017年に「イサム・ノグチ賞」(過去に杉本博司、谷口吉生、安藤忠雄、川久保玲、蔡國強らが受賞)、2018年に「日米特別功労賞」(過去にデイヴィッド・ロックフェラー、ドナルド・キーン、小澤征爾、坂本龍一らが受賞)、そして2021年には「第77回恩賜賞、日本芸術院賞」を受賞するなど、国内外での評価が高まり続ける千住博。“日本画のルネサンス”として、その可能性を開拓し続ける画家の創造の秘密に迫る。

「日本画のルネサンス」でありたいー千住 博インタビュー

 

  ―前回のインタビューでは、2016年頃までの活動について伺いましたので、今回はそれ以降のお話をお聞きしたいと思います。2017年にニューヨークで新作展「At World’s End」を開催されたのに続き、2018年には、世界遺産「高野山真言宗総本山金剛峯寺」の襖絵を、画業40年の集大成として完成されました。1200年前に空海によって開かれた真言密教の聖地に奉納するという大役を果たされた訳ですが、振り返ってみていかがでしょうか。

千住:本当に力尽きました。人生でこんなに厳しい数年間は無かったですね。作業を始めてはみたものの、絵の具を塗っても画面に定着しなかったり、良いだろうと思った試みが全て裏目に出たり、何一つうまくいかなかったんですね。そもそも「空海」、つまりお大師様(弘法大師)のスケール感があまりに大きすぎて、資料を読めば読むほど分からなくなりました。そんな中、空海が悟った場所だと伝わる四国の室戸岬にある御厨人窟を訪ねると、そこは普通の洞窟で、岩と崖以外何もありませんでした。しかし何も無い所で悟れるということは、世界のどこででも悟れるということなんですね。渋谷のハチ公前でも、新宿の歌舞伎町でも、今ここででも悟れますよね。それが空海なんだということに気が付いて足が震えました。そして高野山金剛峯寺の襖絵であろうが、お客様に描く小さな絵であろうが、常に同じクオリティのものを描けなければ本物ではないということを、空海は教えてくれたんです。それは「普通のことをどんな状況でも普通に行うことは、けっして楽ではない」という空海からのメッセージでもありました。例えば「ここからそこまで5mの距離を歩きなさい」と言われたら目をつぶっていても歩けますが、道の両側が切り立った断崖絶壁だったら、同じ5mでも足がすくんで歩けません。世界遺産でもある高野山金剛峯寺の一部として永久保存されることになる襖絵を描くことは、そういうことなんです。空海はけっして私を甘やかしてはくれませんでした。

展示風景:高野山金剛峯寺障屏画 瀧図(奥) 崖図(手前) Photo:Nacasa & Partners Inc.

瀧図(部分) 2018年 185.5~367.0×2590.6cm 高野山金剛峯寺 蔵

しかし「あなたが一人で巡礼しているときも、弘法大師はあなたと一緒に歩いています」ということを意味する「同行二人」の言葉通り、私は絵を描きながら、いつも背後に空海の存在を感じていました。本当にどうやって描いたらいいか分からなくなったときに、背後から「それは違う、それも違う」と空海の声が聞こえたとしか言いようがないんですね。そうやって描いたのがあの襖絵です。当初私は《崖図》を特定の場所を想定せずに描いていました。しかし、気が付けば空海が若き日に山岳修業した四国の風景のような崖の絵になっていたんです。実はそれは、かつて作品設置のため何十回と通ったベネッセアートサイト直島に向かう瀬戸内海の記憶でもありました。その時に改めて空海と一緒に「同行二人」で描いた絵なんだなと思いました。その《崖図》は、若い修行僧が初めて髪の毛を剃る「茶の間」と呼ばれている部屋に納められました。もう一つの《瀧図》が納められた「囲炉裏の間」という部屋は、お釈迦様の入滅をしのんで、夜を徹してお祈りをする「常楽会」という仏事を行う部屋です。私は《崖図》と同様、特定の場所を想定せずに、ただ清らかで神秘的な滝を描きたいという思いを抱きながら制作を始めました。しかし、完成後によく見ると、高野山に登っていく途中に幾度も見かけた特徴的な滝の絵になっていることに気が付きました。このように《崖図》同様、お大師様がそこで毎日見られていたであろう風景が、私の記憶から呼び起されて形として現れてきたような不思議な体験は、とても興味深いことでした。

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