庵野秀明展
聞き手・文・翻訳=藤田博孝(ONBEAT編集長)
2021年11月15日発行『ONBEAT vol.15』掲載
展覧会の見どころと庵野秀明の創作の秘密
監督を務めた最新作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が興行収入100億円を超える大ヒットとなった庵野秀明。その活動を総覧できる「庵野秀明展」が国立新美術館(東京・六本木)で好評開催中だ。同展は「庵野秀明をつくったもの(過去)」「庵野秀明がつくったもの(現在)」「そして、これからつくるもの(未来)」という3つのコンセプトのもと全5章で構成され、膨大な資料とともに庵野秀明の軌跡をたどる世界初の試みとなる。弊誌では、アニメと特撮の文化を後世に継承していくことを目的に庵野秀明が設立した「特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構」(ATAC)の副理事長でアニメ・特撮研究家の氷川竜介氏と、同じくATACの事務局長で株式会社カラーの文化事業担当学芸員を務める三好寛氏にインタビューを敢行。これまで何度も庵野と対談をしてきた氷川氏と、本展のキュレーションに携わる三好氏というキーパーソン2人の解説と弊誌のレポートで本展の見どころを紹介するとともに、庵野秀明の創作活動の秘密を探る。
展示風景:会場入口に展示された庵野モヨコによる《庵野秀明像》と庵野秀明のパネル | 展示風景:中学時代の油彩画 |
第1章 原点、或いは呪縛
会場入口を入ってすぐのエリアには、一目でそれと分かる庵野秀明の肖像画が真っ先に目に飛び込んでくる。作者は庵野の妻、漫画家の安野モヨコだ。観客はその奥に立つ仮面ライダーに扮した庵野秀明のパネルに笑顔で出迎えられ、「原点、或いは呪縛」と題された第1章の展示室に足を踏み入れる。そこには庵野秀明がリスペクトするもの、幼少期から敬愛する「東宝特撮映画」や「ウルトラマン」「仮面ライダー』『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』など、特撮やアニメや漫画にまつわる立体造形物や原画など貴重な品々で埋め尽くされた空間が広がる。その膨大な情報量に圧倒されない者はいないだろう。さらに、縦3m×横15mの巨大LEDスクリーンには庵野が敬愛する映像作品の数々が映し出される。展覧会の序盤ではこれらを庵野秀明の感性を作ったものとして体感することができる。
▲ 展示風景:庵野秀明が幼少期から敬愛する漫画、アニメ、特撮作品にまつわる資料 撮影:藤田紘那(上段2枚) 提供:庵野秀明展実行(下段2枚)
第2章 夢中、或いは我儘
第2章では、高校2年生の時に8ミリフィルム機材を購入し、アニメや特撮の自主フィルム制作に没頭したというアマチュア時代から、プロのアニメーターを経て、 テレビアニメ「ふしぎの海のナディア」で総監督を務めるまでにステップアップしていく庵野秀明の足跡を、貴重な原画、画コンテ、手書きのメモなど膨大な資料によってたどることができる。この第2章以降は、氷川、三好両氏の興味深いコメントとともに、庵野秀明の創作の歴史に沿って展覧会の展示内容を紹介する。
ONBEAT:庵野さんは1981年に大阪で開催された「第20回日本SF大会」通称「DAICON III」で、当時大阪芸術大学に在籍していた仲間たちと制作した『DAICON IIオープニングアニメーション』で注目を浴びます。それから間もなく庵野さんは上京し、アニメーターとして『超時空要塞マクロス』(以降「マクロス」1982年)でデビュー。1983年開催の「DAICON IV」を機に旗揚げされた自主映画制作グループ「DAICON FILM」による『DAICON IV オープニングアニメーション』や『帰ってきたウルトラマン』など自主制作映画を経て『風の谷のナウシカ』(以降「ナウシカ」1984年)、『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(1984年)といった劇場アニメ作品に参加します。
氷川竜介(以降「氷川」):アニメを見る醍醐味の一つとしって、大スペクタクルな戦闘シーンを、本来奥行きや質感の無いアニメーションの中でいかにうまく見せているかを鑑賞する楽しみがあります。それは実写映画でいえば「特撮」、アニメの専門用語で「エフェクトアニメ」と呼ばれるジャンルなのですが、そこで使われるさまざまなエフェクト技術が、『宇宙戦艦ヤマト』(以降「ヤマト」1974年)から「機動戦士ガンダム」以降「ガンダム」(1979年)を経て「マクロス」(1982年)へと至る頃までに、年々ものすごい勢いで進歩していきました。当時その分野でリーダーシップを取っていたのが、今は亡き金田伊功さんや、精密なメカ作画で話題を呼んだ板野一郎さんといったアニメーターの方々なんです。元々庵野さんのアニメーターとしてのキャリアは、庵野さんが板野さんの仕事のすごさを知って上京し、板野さんが作画監督を務める「マクロス」の現場に参加したところから始まっています。ですから庵野さんが参加した「DAICON III」には板野さんへのオマージュがたくさん入っています。板野さんの表現には外連味もありますが、理論的にもきちんと考えられていて、例えば宇宙戦艦の爆発シーンであれば、内部のエンジンまで火が回ってから爆発するといったことまで計算されています。庵野さんは、板野さんの手法をすごく観察した上で、過去の戦争や核実験の記録映像などをコマ送りで観察したりして、爆発のプロセスを徹底的に研究しています。そうやって、科学的な理屈を把握した上で爆発を再現することにより、庵野さんはエフェクトアニメの表現を板野さんよりも一歩先へ進めました。