村上隆 もののけ 京都
聞き手=藤田博孝(ONBEAT編集長)/ 構成・文=福村暁
2024年4月19日発行『ONBEAT vol.20』掲載
「スーパーフラット」を提唱して世界のアートシーンに強烈なインパクトを与え、日本を代表する世界的現代美術家となった村上隆。そんな村上が、国内では約8年ぶりとなる大規模個展の舞台に選んだのは、日本における文化芸術の都である京都。大多数が新作となる約170点で構成される「村上隆 もののけ 京都」展の開催を前に、本展を企画した高橋信也氏(京都市京セラ美術館)と学芸協力を担った三木あき子氏の両名にインタビューを行った。
高橋信也 + 三木あき子 インタビュー
藤田:高橋さんは村上隆さんと長いお付き合いがあり、今回はついに高橋さんのホームグラウンドである京都をテーマに、村上さんと二人三脚でこの展覧会を準備されました。記者会見で村上さんは本展の制作について、「高橋さんが脚本家で、自分は監督であり演者だ。高橋さんの希望を受けてそれに答えるような形で制作をしている。エスプリが効いた高橋さんのオーダーも楽しい」と語りました。そこで高橋さんに伺いたいのは、「江戸時代に京都を中心に活躍した絵師たちの代表作を村上隆が独自に解釈・引用し、再構築する」という本展のコンセプトは、どのような経緯から生まれたのでしょうか。 高橋:京都の文化は14世紀前後に能楽や茶ノ湯など、ほとんどのものが形作られていて、政治の中心が東京に移った江戸期の京都には何もないのではないかと思われることが多いです。ですが、こと美術に関しては、本阿弥光悦にはじまり、俵屋宗達 、尾形光琳 、京狩野派の狩野山雪 、“奇想の画家 ”とも呼ばれる伊藤若冲や曾我蕭白 、応挙を祖とする円山派や四条派 、与謝蕪村 、と非常に豊かな時代を迎えています。私見としては 、村上さんは2015年に森美術館で開催した「村上隆の五百羅漢図展」ですでにさまざまな江戸絵画のフラグメントを散りばめられていましたし、網野善彦の民俗学を読まれた形跡もあります。また、もともと現代日本のアニメ・コミックが、日本古来のやまと絵の手法から地続きにあるということを論理的に証明した「スーパーフラット」という考え方を提唱して海外デビューも果たしています。そう考えると村上さんは明らかに、京都の文化芸術の伝統に関心を持った上でアートに取り組んでいるように思います。こうした状況を整理したら、京都と村上隆を結ぶいくつかの道筋がつけられるのではないか。そう考えて、2018年頃から相談し、コロナ禍での本館の休館中にも温めていた企画でした。
高橋信也 京都市京セラ美術館事業企画推進室 | 三木あき子 本展学芸協力 |
藤田:村上さんは2023年以降に行った展覧会において、韓国・ 釜山では「ゾンビ」をテーマとし、続く米国・サンフランシスコでは「モンスターズ 」をテーマとしました 。そして今回の京都では「もののけ」がテーマに組み込まれ 、いわば「異形のもの」シリーズといった形でテーマが引き継がれています。そこに込められた村上さんの意図などお聞かせください。
三木:現代アートとは今の時代や社会に対する独自の視点を反映したもので、村上さんも時代の危機感や日本が抱えてきたさまざまな歴史的課題を批評的に作品に反映してきました。よって、コロナ禍や各地での対立、戦争、差別といった問題が浮上する中で、「ゾンビ」や「モンスターズ」というテーマが出てきたのは非常に腑に落ちる部分があります。そもそも「異形のもの」は、ある種の社会的な混乱や不安定さを反映して生まれるものとも言えます。村上さんにとって、そうした世界的な状況と、またローカルなコンテクストも重要で、サンフランシスコでは、IT長者たちが闊歩する一方で、コロナ禍に刑務所にいた軽犯罪者たちが解放されたからなのか、薬物中毒っぽい人々が美術館近隣に沢山いるような状況も反映されているように感じられました。続く京都での展示で、ゾンビでもモンスターでもなく「もののけ」をテーマにしたことも 、当然ローカルなコンテクストと関係します。さらに、より重要な点として、村上さんの作品におけるキャラクターの存在があります。キャラクターを使って社会的な問題を代弁させることについて、村上さんもよく言及されています。たとえばゴジラは、原子爆弾の精神的なトラウマがもとになって生まれたと言われますよね 。また、戦後日本のキャラクター文化は、第二次世界大戦後の対米隷属状態で、日本が言いたいことも言えない状況の中、少し捻れた形で発展した表現だと言われることもあります。村上さんのキャラクター表現は、単純に社会状況を反映しているだけではなく、歴史的な意味合いも含めて重層的かつ複雑なので、「もののけ」をキーワードとして、これらのキャラクター群の意味について考えながら展覧会を見ると、また興味深いのではないでしょうか 。
高橋:村上さんはキャラクター文化について、日本のアーティストの中でも最も真剣に取り組んでいる一人だと思います。海外に広がっていくキャラクター文化の源泉がどうして日本で生まれたのか。そうした事情について、非常に深く考えていると思います。
藤田:ここからは本展の代表的な出品作品について、高橋さんにはキュレーションをした立場から、三木さんには学芸協力を務めた立場から語っていただきます。高橋さんが「村上さんには無茶ぶり気味に依頼した」というお題の一つが岩佐又兵衛による《洛中洛外図屏風(舟木本)》ですが、村上隆版「洛中洛外図」の見どころなどをお聞かせください。