GENKYO 横尾忠則
文=南雄介(愛知県美術館前館長、「GENKYO 横尾忠則」企画・監修
2021年6月29日発行『ONBEAT vol.14』掲載
愛知県美術館での開催を皮切りにスタートした横尾忠則の大規模個展がこの夏、東京都現代美術館で開催される。絵画を中心とした出品作品の数々を紹介するとともに、同展のキーワード「原郷」を考察する。
横尾忠則と 「原郷」
横尾忠則が「原郷」という言葉をいつから使い始めたのか定かではないが、私が最初に目にしたのは、2019年5月31日から7月6日までSCAI THE BATHHOUSE (東京)で開催された個展の案内はがきに記された「B29と原郷一幼年期からウォーホールまで」という展覧会タイトルにおいてであった。それに続いて、月刊誌『文學界』でも、8月号から小説「原郷の森」の連載が始まっている。ダンテの「神曲」に範を取ったと思われるこの小説は、横尾自身としか考えられない主人公の画家・Yの前に、有名無名のさまざまな死者たち、さらには虚構の人物までもが次々と現れて、Y自身の芸術と創作、人生や死生観を巡るさまざまな話題について語り、論じるという趣向の、一種の思弁小説、芸術論小説である。その中で、「原郷」についてはYの口を借りて、「この世に生まれた人間の魂のふるさとみたいな場所であり時間のこと」であると同時に、「死の世界」 でもあると説明されている。すなわち、全ての人間の魂は、ふるさとである「原郷」からこの地上に産み落とされ、肉体を得て、この世での時間を過ごす。そして、寿命が尽き、生を終えて後は、再び「原郷」に帰っていくことになるのだ。こうして輪廻転生が繰り返されるのである。
だが、このような死生観、宇宙観は、実のところ以前から横尾の作品の中に見て取ることができるものであった。