長谷川祐子の「ハイパーサブジェクトアートレポート」
第七回 中東サウジのアート戦略
2024年4月19日発行『ONBEAT vol.20』掲載
国内外のビエンナーレや美術館で数々の企画を手掛け成功に導いてきたキュレーターの長谷川祐子。「多くの主観が集まった複合的な主体、あるいは主題としてまとめ切れないほど変化流動するトピックを「レポートする」という長谷川の意図が込められたこの連載企画。その第七回は「中東サウジのアート戦略」を主題とする。
中東から吹き寄せる文化のジブリ サウジの壮大な実験
サウジライジング
中東でこの15年ほどの間に順々に起こっている文化施設の設置、アートブームは目を見張るものがある。「ポスト石油の後の経済を文化観光で」という発想は各国で異なった形で現われている。有名美術館との提携やイスラム美術館をつくることでインステチューションに注目したのが、ドーハ(カタール)やアブダビ(UAE)であり、この文化戦略に比較的遅れて参入したのが広大な国家と資源を持つサウジアラビアである。一方でこうしたイスラム諸国ではイスラムによる厳格な制約があり、人権に関する問題も指摘されている。2014年 Saudi Art Council が設立され、芸術は必需品であるという考えが浸透するようになった。ムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドゥルアジーズ・アル・サウード皇太子殿下兼首相はこの文化戦略の中心人物であり、2030年までに首都リヤドに1000個以上のパブリックアートを設置するアートリヤドのプロジェクトを2019年に発表した。皆がパブリックスペースの至る所でアートを見て触れることでアートを通して芸術的で独創的な開かれた視点を養うことへの期待が語られている。筆者は「アートリヤド」のプロポーザルの一部セクションの審査員を務めていたが、高速道路のジャンクション、砂漠の入り口、公共広場などあらゆる場所で、国際的な作家とローカルの作家を組みあわせた大規模なプロポーザルが多く寄せられた。その過程で重視されたのは高温と大きな寒暖差、砂嵐などの砂漠の気候の中でこれらの提案がサスティナブルであるかどうかのテクニカルな点にあった。欧米のアートデザインの専門家の関心がこの国に集中してきている。生命の溢れるオアシスと過酷な砂漠の組み合わせでできているこの国では、水と気象、自然と人間の関係が温帯地域とは異なった形で問題となってきている。
ディルイーヤ地区
Martha Atienza 《Equation of State》 2019-2024 Bantayan Island (Philippines) | Hamra Abbas working on 《Mountain 5》 2022 Lahore (Pakistan) |
公共アートのほか、多くの展覧会事業が開始された。今年2回目となったリヤドの郊外ディルイーヤでのビエンナーレ「Diriyah Contemporary Art Biennale」、夜間のライトアートで町を彩る「Art Noor」も毎年開催される。JAX地区にある7つのビエンナーレホールと庭を用いて今回のキュレーター、ウテメタ・バウワーは、”After Rain” のコンセプトのもとに多感覚の体験、領域横断的なリサーチや視座をつくりだそうとした。