長谷川祐子の「ハイパーサブジェクトアートレポート」
第六回 デジタル・トランスフォーマーション・プラネット
2023年10月31日発行『ONBEAT vol.19』掲載
国内外のビエンナーレや美術館で数々の企画を手掛け成功に導いてきたキュレーターの長谷川祐子。「多くの主観が集まった複合的な主体、 あるいは主題としてまとめ切れないほど変化流動するトピックをレポートする」という長谷川の意図が込められたこの連載企画。その第六回は「デジタルトランスフォーメーション・プラネット」を主題とする。
AIとともにある「穏やかな風景」とは?デジタルは栄養として摂取できるのだろうか?
この連載は「hyper subject」と題されているので、筆者にとって仮説であってもかなり大胆なことを書ける場となっている。というのは、AIのシンギュラリティが予想を超えて早く到来する様相で、あと20年先まで議論する猶予などなくなり、直近でヒューマニティや身体の再構築が問われているからである。今回は、AIやネットワークの発達が、「私たちが生きる意味」というストーリーと、アートやデザインを通してどのように絡んでくるのかを見てみたい。
▲ Merve Akdogan, Basar Ugur 《GHOST STORIES》 2023 公募された廃墟の建築写真に対して、生成AIを用い、場が再生した架空の状況をビジュアライズさせる映像作品。様々な社会的しがらみや先入観により行き詰まる建築の再生を、AIを介することで一足飛びに、新鮮なイメージをアウトプットする状況を見せることで、建築の場におけるAIの有効性を示そうとしている。
エコロジーは「私たちを取り巻く状況」を生態学的、システムとオーガニズムの両方から捉えていく機能概念である。5月に始まった第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展においてキュレーターのレスリー・ロッコは、「未来のためのラボ」という名の下に、二つのエコロジーにフォーカスした。一つは地経学的な環境の問題として「脱植民地化」、二つ目は自然環境に関わる環境の問題として「脱炭素化」である。特に後者について、際立った特徴の一つがデータの視覚化やAIによる精緻で、説得力のあるシミュレーション画像によって建築と環境が提示されていたことである。特に自然環境の分析によるシミュレーションのレベルは圧倒的で、建物周辺や内部の風(空気)や光の動き、サイトで生じる人々の動きや語らいなど、その場の雰囲気までも感じさせるほどの精度を持っていた。いくつかは既存建物の記録と見紛うほどで、建築が環境を取り込みながら新しいバーチャル界のイコン性を獲得していく過程が、新しいパワーポリティクスとして恐ろしくもあった(例:メルベ・アクドガン、ゴースト・ストーリーズ)。