塩田千春 つながる私(アイ)
聞き手・文=藤田博孝(ONBEAT編集長)
2024年10月8日発行『ONBEAT vol.21』掲載
ベルリンを拠点として国際的に活躍するアーティスト 塩田千春が、出身地の大阪で16年ぶりに大規模な個展を開催する。「つながり」に対して、3つの 【アイ】「目/EYE」 「愛/ai」 を通じてアプローチを試みるものになるという。「塩田千春 つながる私(アイ)」と題した同展は、 全世界的な感染症の蔓延により人類が否応なしに意識した他者との制作を通じて「生きることとは何か」、 「存在とは何か」を問い続けてきた塩田にインタビューを行い、創作活動の核心に迫った。
塩田千春 インタビュー
ー1994年は塩田さんにとって非常にエポックメイキングな年だと捉えています。 塩田さんは1994年に、脱絵画の表明となったパフォーマンス作品 《絵になること》を発表したほか、初めて糸を素材として使用したインスタレーション作品《集積》や、後に自身のトレードマークとなる赤い糸を初めて使った作品 《DNAからDNAへ》 を発表するなど、現在の作品のプロトタイプといえる作品を発表しているからです。 その後の活動の起点となる1994年に至るまでの歩みをお聞かせください。
塩田:私は小さい頃から絵を描くことが大好きで、12歳ぐらいの頃から画家になりたいと思っていました。その道に進む以外考えられないくらい絵が好きで、絵を描き続けてきたのですが、大学入学後すぐに描いた自分の油絵に対して、まるで「誰かの絵」のように感じてしまったのです。「上手くまとめているだけで、これは私自身の絵じゃない。自分自身の絵とはどういう絵だろう」と考え始め、ついには絵が描けなくなってしまいました。 そこから私は絵を描く意味、作品を作る意味を模し始めたのですが、答えの出ぬまま、大学3年生となった1994年に、オーストラリア国立大学スクール・オブ・アートの絵画科に交換留学することになりました。そこでも絵が描けず独り苦しんでいたある夜、私はとても象徴的な夢を見たのです。 夢の中で、私はある制作途上の油彩画の絵の具の中にいました。絵の具の中で私は、自分がどう動けばその絵が良くなるのかを必死で考えていました。しかし周りは絵の具だらけですし、平面の中に閉じ込められるのは、すごく息苦しいことでした。そんな夢を見た翌日、私はベッドのシーツを身にまとって頭からエナメル塗料を被ることで、その夢を体現しようと試みました。それが《絵になること》というパフォーマンス作品です。そんなふうに2次元の表現に対して葛藤していた私が次に思い付いたのが、黒い毛糸を線として使い、3次元の空間にドローイングを描くというアイディアでした。 そのアイディアを実現したのが、無数のドングリを貫通させた黒い毛糸の集積によって構成したインスタレーション作品《集積》です。そのほか留学中には、ブッシュファイアー(オーストラリアでたびたび発生する大規模な森林火災のこと)の熱で弾けた豆の皮をつなげて線を作り、その集積で構成した《1本の線》という作品を制作しました。留学から帰国後には、赤い糸を使った初めての作品 《DNAからDNAへ》を京都精華大学構内で発表しました。
ー2006年の8月14日付の「ニューヨーク・タイムズ」に「ヒトの脳は宇宙と類似性があるのかもしれない」という記事が掲載されて話題になったのですが、その後、双方の類似性が定量分析によって裏付けられたことを伝える記事が、2020年11月20日付の「ニューズウィーク日本版」に掲載されました。その記事では、「脳の77%は水、 宇宙の73% は暗黒物質 (ダークマター) でできている。また、神経細胞も銀河もフィラメント(細かい糸状の構造) を介して互いに接続し、自己組織化されている点も類似している。」として、宇宙におけるダークマターのネットワークと、人間の脳内におけるニューロン (神経細胞)のニューラルネットワーク (神経回路網) の構造的な類似点を指摘していました。 記事中に掲載された銀河とヒトの小脳の神経網を比較した画像は、塩田さんの糸を使ったインスタレーションを強く連想させるのですが、制作においてミクロやマクロの世界を意識することはありますか。
塩田:そうしたことについては、糸を編んで制作している最中によく意識します。「編む」という行為には、(その行為者を) 宇宙というか、日常とは違う次元に繋げる力があるようです。 私は糸を編むことに集中していると、自分が今いる場所を忘れて、どこか違う世界に行ってしまうときがあります。そんなふうに没頭できているときには、光が射してきたりするのを感じることもあります。また、編んでいるときに少しでもイライラしていると、その感情がすぐに糸に伝わって表れてくるので、私にとって糸は、自分の感情や心を鏡のように映す道具なのだと思います。そして糸を編み重ねていくにつれて、自分の見たい世界がだんだん具現化されてくるのです。