神奈川工科大学に造られた 《KAIT広場》 の内観。 屋根は厚さ12mmの1枚の鉄板。 寒暖差で天井高が30cmほど変化する。 ©junya.ishigami+associates
建築家・石上純也「世界を拡げる自由な建築」
聞き手・文=林信行
2022年6月21日発行『ONBEAT vol.16』掲載
空がのぞく天井に覆われた巨大広場、 まるで洞窟のようなレストラン、完成と同時に溶けて消える氷の建築。「建築」 という言葉の定義を広げ続ける注目建築家、 石上純也の作品はどこかポエジーを漂わせていて、アート好きの人をも惹きつける。そんな石上作品の魅力をひもといてみよう。
建築を形式的な形から解き放つ
薄い鉄の天井で覆われた90×60mの広場 (写真 pp.44-47)。 天井には59個の大きな四角い穴があいており、この穴を通った太陽の光が床面に四角い光の模様を描き出す。 曇りの日には空間全体に不均質な光が漂い、雨の日は穴から降り注いだ雨の柱が姿を現すという。 これは神奈川県厚木市にある神奈川工科大学に2020年にオープンした 《KAIT広場〉。 これまでに類を見ない美しき異空間に多くのクリエイターが心を奪われ、ファッションの撮影や音楽パフォーマンスにも使われてきた。山口県宇部市のレストラン 《maison owl》 は、一見すると1万年前の人類が住んでいた洞窟のように見える。 だが、実は空洞の一つ一つは石上が発明した大胆にして緻密な最新の技術で造り出されている。 那須高原のアートビオトープ那須では、1年を通して美しい景色が浮かび上がるような庭園《水庭》 を造った。 隣接する森から318本の木を石上が緻密に計画した通りの方法で移植し直し、 それを囲むように160の池を造った。 特に葉が落ち雪が積もる頃は、この池が無数の鏡のように空を映し出して美しい。 今ではこの人工的に造られた庭を訪問者だけでなく、 そこに住むカエルたちも楽しんでいる。 石上純他の作品の多くは、 我々が今日 「建築」 と聞いて思い浮かべるイメージからは逸脱しているが、見る人の心を捉えて放さない詩情性を持つ作品が多く、アート好きの人々も心を大きく揺さぶられる。 カルティエ現代美術財団が彼を寵愛し、2018年に財団の美術館で彼の個展を開いた後も、度々、シンポジウムなどのゲストスピーカーとして彼を招いているのも納得できる。 清春芸術村で開催された 「HOKUTO ART PROGRAMed.0」 では、完成すると同時に燃え上がる炎によって溶けてしまう氷の建築 《ソラトツチニキエル》 を出品したり、 ワタリウム美術館が企画した「パビリオン・トウキョウ2021」では、高層ビルに囲まれ薄暗くなってしまった都心にある日本庭園の頭上を、 焼き杉の黒い雲で覆い、庭に差し込む光を強調した 《木陰雲》 を出品したりするなどアートイベントへの参加も多い石上だが、彼は建築とアートの境界をどのように捉えているのか。 「正直に言うと自分自身では(自らの作品を) アートとは捉えていません。 建築を突き詰めてやってみた結果として、もしかしたらそう見えている部分があるのかもしれませんが、僕自身は建築が持つ文化や可能性に興味があります。」 確かにカルティエ財団から個展の話をもらったときも、石上はアート作品を作る代わりに模型と図面によるクラシカルな建築展の形を取る決断をした。 当時、建築の仕事が急増している中で、インスタレーション作品を作っても付け焼き刃的にしかならない。 それならば常に身を置いている建築のプロジェクトの思考やモチベーションで展示を行った方がいいんじゃないかと考えたという。この時の展覧会のタイトル 「Freeing Architecture」 は、 まさに石上純也の建築哲学を体現している。 カルティエ財団のイベントで、彼は次のように解説した。
©junya.ishigami+associates | 撮影:新津保建秀 神奈川工科大学 KAIT広場にて 「Music of the Beginning」 (田中彩子、 渋谷慶一郎、 evala) |