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2021年7月17日~10月17日、東京都現代美術館にて「GENKYO 横尾忠則」展が開催される。本展は、今春愛知県美術館を皮切りにスタートしたが、今回の東京展開催にあたり、横尾自身による総監修のもと、半数以上の作品を入れ替えるなど、新しい展覧会として再構築され、過去最大規模の「横尾忠則展」へとスケールアップしている。展示作品も、全世界がコロナ禍に見舞われる未曽有の状況の中、外出も来客も制限し、日々アトリエにこもって描かれた新作(初公開)や、初期グラフィック作品を含めて、200点以上の作品が新たに加わり、500点以上の作品を展示する。

1960年代から常に第一線で活躍してきた横尾忠則は、すべての人間の魂のふるさと「原郷」から汲み上げた、豊かで奔放なイメージの世界「幻境」を、数多の独創的な絵画に描き出してきた。「作品による自伝」をテーマとして、その60年以上にわたる創造の全貌に迫る本展では、横尾芸術のダイナミックな展開を、ぜひ体感してほしい。

神話の森へ

1980年夏にニューヨーク近代美術館でピカソの大回顧展を見たことをきっかけに、活動領域をグラフィック·デザインから絵画へと移した横尾忠則。 このいわゆる「画家宣言」は、そのような近況を伝えた当時の記事の見出しから生まれた言葉で、横尾自身の宣言文があるわけではない。以降、1980年代、横尾は国際的な新表現主義の動向を同時代的に体感しつつ、自らの絵画を見出そうと試行錯誤を重ねる。本章では、森の中の裸体を描いて絵画の身体性を追求した作品や、日本神話を主題にした作品、鏡、電飾、鳥の骨、 剥製などのさまざまな異物をコラージュした作品など、次々と発表し、国際的にも注目された作品の数々を紹介する。

 

多元宇宙論

カンヴァスの上にカンヴァスを貼り付けた「カンヴァスオン·カンヴァス」に始まる、いわゆる「多次元絵画」では、 美術史や映画など、 さまざまな源泉から引用されたイメージが、複雑に組み合わされ、 コラージュされている。 映画的な時間性やストーリー·テリングを導入した「引用の織物」 とも言えるこれらの作品は、 横尾独自のポストモダン絵画の到達点と言えるだろう。やがて横尾の関心は、夢からテーマがもたらされた滝の絵画や、画家のインスピレーションを表現した受胎告知の連作など、 自分自身の深層へと移っていくことになる。

 

 

リメイク/リモデル

1966年の絵画による最初の個展で、 横尾はあっけらかんとした無作法な現代女性(当時の言葉で言えば、「アプレ (ゲール) 娘」)を描いた挑発的な絵画連作を発表した。「ピンク·ガールズ」とも呼ばれるこれらの作品を、2000年代以降、横尾はさまざまな反復/変換作品としてリメイクしていいる。 反復は、 横尾が折に触れて実践してきた手法であり、 横尾芸術の重要な特徴の一つだ。 1967年に最初の5点が描かれ、 やはり2000年代以降に描き継がれているアンリ·ルソーの絵画の一連の「変換」作品からは、日常の中から幻想と詩情を紡ぎ出した「日曜画家」への、時空を超えた深い共感をうかがうことができる。

越境するグラフィック

輸出用のマッチのラベルなどに由来する土俗的なモティーフや鮮やかでポップな色彩尾のグラフィック作品は、 1967年にはニューヨーク近代美術館に収蔵されるなど、早くから同際的にも高く評価された。 デザインにおけるポストモダンの先駆であり、またデザイン自体商業主義に対する批評性を内在させていたとも見ることができる。プロセスの提示ゃ、コーピア的な自然の中の裸体のイメージは、 画家転向以降にも横尾が探求を続けているテーマだ。

 

滝のインスタレーション

横尾忠則が滝の絵を描くために収集した絵はがきのコレクションは1万枚を超える。それら膨大な滝の絵はがきに一種の神秘的な力を感じ、その「供養」 として《滝のインスタレーション》が制作された。滝は、霊的な浄化力を持つものとして、 古くから信仰の対象だった。 絵葉書は、たんなるイメージにとどまらず、メッセージをもたらす手段でもある。 滝の絵葉書の奔流を体感することは、ある意味で宇宙的な力に身をさらす体験ともいえるだろう。天井や壁面を覆い尽くし、床の鏡面にも映り込むダイナミックな空間を体感してほしい。

地球の中心への旅

滝のテーマ以降、 横尾の眼差しは、一転して自分自身の内面と記憶へとむけられるようになり、ターザン映画、 江戸川乱歩の探偵小説、 南洋一郎の冒険小説、 山川惣治の絵物語、 講談社の絵本など、幼少年期に親しんだ、 血湧き肉躍る冒険が主役となる。 それとともに作品のスタイルも、夢の時空間を現出させたような、 説話的なストーリー·テリングが展開されるマジックリアリズム的なものに変化した。横尾は、 芸術家にとって、インファンテリズム(幼児性)は欠くことのできない資質であると述べている。

死者の書

横尾は、早くから「死」に関心を抱き、 作品のテーマとしてきた。郷里の兵庫県西脇市で過ごした少年時代の記憶は、 養父母をはじめとする死者たちとの交歓であるとともに、戦争のC18にもつながる。 少年の日の横尾は、 山の端の彼方の夜空が、空襲で真っ赤に染まるのを日撃したが、赤の絵画の連作は、 この記憶を通じて死者たちの世界に結びつくと同時に、宇宙や輪廻転生をも表現している。

 

 

顔を見せない女性たちを描いた連作は、「元いこと」を描くことで、 死を暗示しているのかもしれない

Y字路にて

横尾の代表作「Y宇路」シリーズは、子どもの頃に通った模型屋が取り壊された跡地を撮った写真に、個人的なノスタルジーを超えた普遍性を感じたことをきっかけに生まれた。 懐かしさとよそよそしさとを併せ持つ、 時代に置き忘れられたかのような岐れ路を目にして、私たちはY字路の力学に引き込まれてしまう。 昼間のY宇路、黒いY宇路など、 さまざまなヴァリエーションも描かれており、 Y宇路のモティーフは、横尾にとって絵画のためのマトリクスの役割を果たしていると言えるかもしれない。 オーロラ·シリーズの1点には「何を描くかでも、どう描くかでもなく、如何に生きるかだ」と書き込まれている。 この作品をターニングポイントとして、横尾は、いかに生きるかを絵画的実践の本質ととらえ直した、 新しい段階に入っていく。

タマへのレクイエム

横尾が15年間生を共にした愛猫タマ。 目の前で生を終えようとしているタマをスケッチ的に描いた2点の作品によって始まる連作は、 在りし日の飼い猫のさまざまな姿態を、 写真などに基づいて描出したものだ。てらいのない「日曜画家」的な筆致で、 タマの姿を思い出しながら、一枚一枚、 丁寧に描いていく行為は、 まさに鎮魂の儀式のようなものだったのだろう。 横尾は、描くことで失われたタマを再=現前させよう、 蘇らせようとしているのかもしれない。 そういう意味では、この連作は絵画の根源に通じるものでもある。

 

横尾によって裸にされたデュシャン、さえも

便器をそのまま芸術作品として提示しようと企てた《泉》など、レディメイド(既製品)のオブジェによって知られ、 コンセプチュアル·アート (概念芸術)の祖と言われる 20世紀の巨匠マルセルデュシャン。 絵画を否定したと言われるデュシャンに対し、 横尾は2000年代に入ってから、デュシャン作品の細部を絵画の中に引用する、一種の戯れを、繰り返し仕掛けている。現代美術におけるデュシャン的なアートの逆を衝く横尾のアプローチは、反時代的なものだが、この「反時代的であること」こそが、 まさしくデュシャン自身のアプローチの本質にあるものでもある。そういう意味ではデュシャンから遠く見える横尾が、実はもっともデュシャン的なのかもしれない。

 

終わりなき冒険

Y字路シリーズを断続的に描き続けるかたわら、 横尾はさまざまなテーマの連作を描いている。 銭湯シリーズや温泉シリーズからは、 横尾の絵画のヴァリエーションの豊富さをうかがい知ることができる。また冒険や芸術家は、 横尾が以前から繰り返し取り上げてきたテーマだが、新たな視点から取り組むことで、集大成的な作品が生まれている。水の波紋の連作では、 金沢21世紀美術館に設置されているレアンドロ·エルリッヒの《スイミングプール》をモティーフに、抽象絵画と具象絵画の共存や、 絵画の中の文字というテーマが探求されている。 このような多元的な展開が示しているように、まさに横尾の絵画的企てこそが「終わりなき冒険」 ともいえるだろう。


 

西脇再訪

横尾は、1996年、2017年、 2018年の3回にわたり、郷里·西脇市の近傍にある杉原紙研究所(兵庫県多可郡多可町)で、 和紙の紙渡きの手法による一種のコラージュ作品を制作した。 横尾の「紙渡きコラージュ」作品には、 輸出用の綿織物 (播州織)のラベルやハギレ、 B-29 爆撃西脇再訪機の写真など、横尾が19歳までを過ごした西脇の街に関係が深いものが取り集められている。それらが呼び覚ます記憶や感情は、横尾にとって、創造の本質をなす重要なものだ。「紙渡きコラージュ」は、その一端を明かしてくれる、一種の標本箱ともいえるだろう。

原郷の森

近年の横尾の作風の変化の底流にあるのは、 抽象性と具象性の統合であり、また絵画の「肉体化」だ。スケッチ風のストロークによって組み立てられた色彩豊かな画面は、 何かのイメージが形をとる瞬間を捉えたかのような、初発的で自律的な絵画性を示している。最新の連作のテーマである「寒山拾得」は、 中国 唐時代の伝説的な人物で、中国及び日本で、 禅宗との関わりにおいてしばしば言及され、 水墨画や文人画の画題としてもさまざまに描かれており、脱俗の理想を体現している。 横尾が到達した、新たな自由の境地。 震えるような筆触によって、 明るく生動する色彩影空間の中から現れる、聖なる愚者たちのおぼろげな姿は、 まさに絵画の自由そのものと言えるかもしれない。

アーカイブ

横尾の作品の中で、現存する最も古いものが、 5歳の時に講談社の絵本『宮本武蔵』の挿絵を描き写した中の1枚、厳流島の決闘の情景を描いた《武蔵と小次郎 (模写)》だ。原画の下端で切れていた小次郎の両足首から先が、同じ絵本の他のページの他の人物の足を写して、描き足されている。 つまり、 模写とコラージュという、 横尾の芸術を特徴づけている二つの重要な要素が、早くも出現しているのだ。《岩と水》は高校生の時に描かれた最初の油絵の一点で、砂を混ぜたというマティエールや、 キュビスム的なモティーフの処理、 暗色調の色彩は、高校生が描いたとは思われない完成度を示している。滝の絵という意味でも、 予見的な作品だ。

高校卒業の前後に、 ポスターのコンクールに入選して採用されたのが、《織物祭 (西脇市)》で、この作品をきっかけにデザイナーへの道が拓けることになった。

 

 

 

 

2020年5月より横尾忠則は自身の作品や写真を素材に、マスクをコラージュした《WITH CORONA》シリーズを発信している。そのコロナ禍でのネガティブイメージをポジティブイメージに変換する試みは現在600点以上にも達している。

全画像 展示風景:「GENKYO 横尾忠則」東京都現代美術館

横尾忠則プロフィール

1936年兵庫県西脇市生まれ。高校卒業後、神戸でデザイナーとしての活動を始め、1960年に上京、グラフィック・デザイナー、イラストレーターとして脚光を浴びる。その後、1980年にニューヨーク近代美術館で大規模なピカソ展を見たことを契機に、画家としての本格的な活動を開始。様々な手法と様式を駆使して森羅万象に及ぶ多様なテーマを描いた絵画作品を生み出し、国際的にも高く評価される。2000年代以降、国内の国公立美術館での個展のほか、パリのカルティエ現代美術財団(2006)をはじめ、海外での発表も数多く行われている。2012年に横尾忠則現代美術館(兵庫県神戸市)、2013年に豊島横尾館(香川県豊島)開館。

開催概要

開催日:2021年7月17日(土) ~ 10月17日(日)
休館日:毎週月曜日(但し、7/26、8/2、8/9、8/30、9/20は開館)、8/10、9/21
開館時間:10:00〜18:00(最終入場は閉館30分前まで)
住所: 東京都江東区三好 4-1-1  東京都現代美術館
電話:050-5541-8600
料金:一般2,000円、大学生・専門学校生・65歳以上1,300円、中高生800円、小学生以下無料
※日時指定予約優先チケットの事前購入を推奨
※数量限定で展覧会オリジナルグッズとのセット券も(マスコットセット券2,800円、マグカップセット券3,500円)

詳細はこちら

『ONBEAT vol.14』では本展の企画監修を担当した南雄介氏書き下ろしの原稿とともに、横尾忠則を大特集!

本展が開催される東京都現代美術館内のNADiff contemporaryでも販売しています。