絹谷幸太(左)と中村茂幸(右)対談風景 撮影:成富彩乃
絹谷幸太×中村茂幸 彫刻へのそれぞれの思いを語る
聞き手・文=藤田博孝(ONBEAT編集長)
2021年11月15日発行『ONBEAT vol.15』掲載
「石の心に近づきたい、石の声を聞きたい、石になりたいと願い続けています」と語り、素材の石と真摯に向き合い続ける彫刻家の絹谷幸太。一方、総合美術系制作会社ビーファクトリーの代表取締役ならびに彫刻を中心に扱う「いりや画廊」の代表を務める中村茂幸は、自身も彫刻家の顔を持つ。同じ大学の先輩後輩であり、絹谷は同画廊で過去4度個展を行うなど縁の深い2人が、それぞれの思いと彫刻の未来を語った。
絹谷幸太×中村茂幸 対談
中村茂幸(以降「中村」):幸太さんと僕は東京藝術大学の先輩後輩にあたりますが、年齢が結構離れているので、2人の出会いは2003年に「ギャラリー52」という画廊で開催されたグループ展 「立体7人展Ⅵ」になります。その参加メンバーの中に、たまたま幸太さんと僕が入っていたのですが、その時は当たり障りのない挨拶を交わしただけでした。ただ、7人の参加メンバーの動向はその後もずっと気に留めていたので、幸太さんの目覚ましい活躍についてはもちろん注目し続けていました。ですから、今から10年前に「いりや画廊」を開業した際には、すぐお声掛けをしてこれまでに4度個展をしていただきました。東京ガーデンテラス紀尾井町にも「いりや画廊」が企画・プロデュースをしている展示空間があるので、そこでも展示をしていただきました。
絹谷幸太(以降「絹谷」):中村さんと出会ったグループ展に参加したのは、僕がブラジル留学をする直前のことでした。展覧会出品が間近に迫り、精神的な焦りから素材をねじ伏せるような傲慢な仕事をしていた私は、彫っていた巨大な大理石から跳ね飛ばされ、左足首の靭帯を2本も断裂してしまいました。松葉杖をつきながら、不自由な身となった自分を責め、石に泣いて謝りました。 そんな状況下で制作を続けていた私は、数日後、生まれて初めて石の声を聴きました。