服飾デザイナー・廣川玉枝 『廣川玉枝 in BEPPU』
聞き手=林信行 構成・文=藤田博孝(ONBEAT編集長)
2022年6月21日発行『ONBEAT vol.16』掲載
レディー・ガガやマドンナ、森山未來らがパフォーマンス用衣裳に採用し、MoMAも永久収蔵する廣川玉枝のスキンシリーズ。廣川は自らのファッションブランドSOMARTAでもシーズンごとのコレクションを発表してきたが、一方で自動車や車椅子のデザインを手掛けたこともある。また廣川は2016年より大分県別府市で開催されている芸術祭『in BEPPU』の2021年招聘アーティストに選ばれ、伝統にのっとった新しい「祭」を創造した。幅広いクリエイティブ活動に通底する考えや創作秘話を廣川玉枝が語る。
祭を通して現れた「懐かしい未来」
林:国内有数の温泉地、大分県別府市では毎年1組のアーティストを招聘し、地域性を生かしたアートプロジェクトを実現する個展形式の芸術祭「in BEPPU」を展開しています。第6回となる2021年は服飾デザイナーとして活動する廣川玉枝さんが選ばれ、「祭」をテーマに開催されました。2021年12月から2022年2月まで、3カ月にわたり開催された『廣川玉枝 in BEPPU』のオープニングイベントである「地嶽祭神事奉納」には、私も参加しました。町の人々や建物が廣川さんのデザインした衣裳で装われていたのも素敵でしたが、それ以上に町の人々の心が祭を通して一つにまとまっていく様子に感動しました。廣川さんはなぜ「祭」というテーマを選んだのでしょうか。
廣川:この話をいただいたのがコロナ禍で、緊急事態宣言が発令される中だったのですが、観光業が中心の別府では旅行客も激減し、予定されていたイベントが全て中止になるなどかなり苦しい状況に置かれていました。それを見て、芸術の力で再び町を元気にするためには何ができるのかを考えながらリサーチを始めました。今回の芸術祭では、老若男女誰もが受け止めることができる芸術を提供したかったことと、100年先の未来にも続くような、人々の心に深く根付くものを創造したいと考えていました。そうして、たどり着いた答えが「祭」でした。日本人は古来より自然からインスピレーションを得て、高い美意識でそれらを表現してきましたが、その根源的な形が祭なのだと思います。日本人は、日常的な暮らしの中で自然の恵みに感謝を捧げ、豊穣を祈り、また自然災害が起きた時や疫病が流行した時などには、神に祈りを捧その怒りを鎮めようとしてきました。そして、そのために必要な設えや装いなど、神に捧げるための最高のデザインを創造してきました。このことが日本の芸術や文化の礎になっているのです。祭には、人々の心の底からエネルギーを湧き上がらせる力がありますし、その祭を、その土地の人々と一緒に作れたら、唯一無二の強い物が生まれるだろうなとも思いました。しかし私はこれまでに「祭」をデザインしたことは無いので、新たな挑戦でもありました。風土という見えないものを形にして表現するために、別府の町や、伝統的な祭のリサーチも行いました。祭というものは、日本の信仰心や宗教性に深く関わっています。日本は古来より、石や山、太陽といった自然物に畏敬の念を抱く「アニミズム」の国であり、そうした信仰に基づいたデザインが、今日の社会にも深く根付いています。今回はそうした「アニミズム」の思想を尊重しながら、祭を別府の風土に基づいて表現する必要があったので、別府の個性とは一体何なのかから考え始めました。