2023年11月23日(木)~2024年1月28日(日)まで、GYRE GALLERYにて「アニッシュ・カプーア_ 奪われた自由への眼差し_ 監視社会の未来」が開催中!

サーベイランスシステムがいつの間にか網の目のように街中に張り巡らされている。
目に見えない「監獄の誕生」が現前化し、現代社会において私達が統制され監視されていることに気づかされる。
目に見えない監視体制で、監視される側が芸術表現をどのように捉えていくのかということが、今回のテーマである。
功利主義をとなえ「最大多数の最大幸福」をめざして刑務所を設計したイギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムは、パノプティコン(一望監視)を構想した。
そして、ミシェル・フーコーは、一望監視が滲透し「監視社会」によって、まさに現代の「監獄の誕生」を予見したのである。
このような視点に基づいて「奪われた自由への眼差し」展を構想することとなった。

アニッシュ・カプーアの作品は人間存在そのものに潜んでいる情動を表象している。
監視の下で統制されている人々が自らに内在しているカオティックな情動に気づかされていないが、作品を見ることで自らのカオス(不条理)と対峙せざるを得なくなり、その存在に気づかされるという展覧会構造になっている。
現代社会では、目に見えないゲージの中に知らず知らずのうちに我々が投入され、日常的な監視を受けることで、統制された社会に適応する標準的な人間が生みだされていく。
IT(情報技術)の展開で、ソーシャルメディアでの送受信や購入履歴など、日々生まれるデータは監視にも使われている。
「ビッグ・ブラザー」が支配する世界と違って国や企業だけではなく、見られる側も進んで参加しているのである。

人間存在そのものを映し出すカプーアの芸術作品(鏡)が、現代社会における監視メカニズムを浮かび上がらせる契機となり、そしてその作家が、奪われた自由への眼差しを我々に向かって投げかけているということを示唆する試みとなる。
さらに、我々にとっての真の自由とは何なのかということを問いかけていきたい。
アニッシュ・カプーアは、 ニューヨーカーのインタビューで「アーティスト達は、様々な形で資本主義によって絶えず剽窃されているのです。私たちはあらゆる場面で反撃しなければなりません」と語っている。

飯田高誉|Takayo Iida
本展キュレーター スクールデレック芸術社会学研究所所長

CHAPTER Ⅰ 『天井の無い監獄の誕生』

いつのまにか監視システムが網の目ように市街地や交通機関に広がっている。さらに携帯電話やインターネット、SNSを通じた膨大なデジタルデータの収集システムが構築され続けている。そして個人情報が公然と晒され、個人の自由を脅かされることが頻繁に発生している。利便性にともなうリスクをどう回避できるのかという問題が私達に突きつけられている。まさに天井の無い「監獄の誕生」が目に見えない形で出現し、今日の社会で私たちが制御と監視の対象になっていることに気づかされるのだ。

本展覧会のテーマは、監視下にある人々が芸術表現をどのように解釈し、各人自ら内在している心の有り様をアニッシュ・カプーアの作品を通じていかに映し出せるのかを問い掛けていく。経済効果という功利主義の御旗の下に、「最大多数の最大の幸福」を目指して、英国の哲学者ジェレミー・ベンサムは刑務所、パノプティコン(一望監視)を設計した。 その後、ミシェル・フーコーは、パノプティックなアプローチが普及するにつれて出現する監視社会の結果として、現代社会における「監獄の誕生」を予見した。そして、このような視点が、「アニッシュ・カプーア_奪われた自由への眼差し_監視社会の未来」と題された展覧会にインスピレーションを与えた。

CHAPTER Ⅱ『ビッグ・ブラザー』

アニッシュ・カプーアの作品は、より整然とした日常生活の根底にある感情に触れることができる。
監視の下で、人々は権威ある構造が課すコンプライアンスのパラメーター内にこれまで以上に閉じ込められている。しかし、カプーアの作品に接すると、合理的で従順ではない何か、私たちの欲望の対象ではない失われた対象、そしてこれが引き起こす全ての影響を経験するように誘引される。

本展覧会は、私たちがコンプライアンスの統制下で忘れ去っている原記憶、そして、無意識に重層化され混沌とした感情を意識化できるように構成。現代社会では、私たちは知らないうちに目に見えない檻に入れられ、定期的な監視を受け、管理された社会に適応した均質化されたアイデンティティが生み出されている。情報技術の普及により、ソーシャル・メディアやオンライン・ショッピングの購入記録に紐付けられたデータを通じて、日常の社会的相互作用や取引が監視されるようになった。ジョージ・オーウェルの近未来小説『一九八四年』の「ビッグ・ブラザー」が支配する世界とは異なり、監視されている個人が、国家や企業だけではなく、このシステムへの熱心な参加者である点が、オーウェルが執筆したこの小説の時代とは異なっている。

CHAPTER Ⅲ 『全体性という怪物』(※1)

カプーアの作品は、断片化され混沌とした私たちの内奥に秘めた本質的な情動を映し出し、階層化された全体性に対する私たちの認識を混乱させる。しかし、混乱を伴ってはじめて意識化されることがあるのだ。それは、今日の監視メカニズムの下で社会において揺るぎなく認識された「全体性という怪物」(※1)が、実は、私たちを疎外しているのだと気づかされる。展覧会場で展開されている赤を基調にした絵画と断片化された肉塊のようなオブジェは、見る者を一瞬混乱させるが、個々人の人格に基づいた自分自身と社会との相互関係性において奪われた自由を、あたかも少しでも奪還する契機であるかのように再認識させられるかもしれない。つまり、コード・チャネル化された広大な社会に眠っていた個々人の潜在的な記憶を呼び起こすことになることを示唆しているのだ。

展覧会会場では、カプーアの不確実な、そして断片、中間物、切断物に充ちたオブジェ作品の設置よって、形成と変形のゆるぎないプロセスを提示。カプーアは「赤は暗く、もちろん血ですが、内臓的な深みがあります。赤はそれ自体が詩的な存在であり、生命と死を支えるものとして神秘的です。色は決して受動的なものではありません。私は常に色を表面ではなく『様相』として探求してきました。水に浸るのと同じように、色に浸りたいと思っています。色は空間を拡張します。それはより多くのスペースを作ります。色は新しい現実を生み出す」(※2)と語っている。そして「私が愛する芸術、私が作る芸術は、衰微が近いことを常に承知しながら、官能的なものを称賛するものであることを願っている」(※3)と述べている。
表参道という多種多様な喧噪に充ちた都市の真っ只中で、アニッシュ・カプーアの作品と対峙するひとりの自分自身を発見していただきたい。

(※1) ロラン・バルト『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(石川美子・訳、みすず書房、2018)
(※2) Anish Kapoor『ANISH KAPOOR Blood and Light. In conversation with Julia Kristeva』(飯田高誉・訳、Château de Versailles, 2015)
引用原文|Red is dark, it is of course blood but it has visceral depth. Red is its own poetic entity, mysterious as a sustainer of
life and the stuff of death. Colour is never passive. I have always looked for colour that is a “condition” not a surface. I want an
immersion in colour much as one might be immersed in water. Colour expands space. It makes more space.… To make more
space is my ambition. Colour makes new reality.
(※3) Ibid.
引用原文|The art I love, the art I make, I hope, celebrates the sensual while always knowing that decay is close.

▼アニッシュ・カプーア
1954年インド・ムンバイ生まれ。1970年代に渡英し美術を学び、現在では英国を代表する彫刻家として国際的に高い評価を得ている。1990年のヴェニス・ビエンナーレ英国館での個展、同年のターナー賞受賞、1992年ドクメンタ出展などをはじめ、その後主要な国際点への参加や欧米の美術館での個展を開催してきた。欧米的な価値観の域を超えた、東洋的な思想に基づくカプーアの作品の独自性は、強く人々の心を捉えると同時に、鑑賞する誰もが作品に入り込める、視覚的な喜びや作品体験を純粋に楽しめる親しみやすさも持っている。

開催概要

会期:2023年11月23日(木)~2024年1月28日(日)
開館時間:11:00~20:00 ※2024年1月2日のみ、13:00~20:00
休館日:2023年12月31日(日)~2024年1月1日(月)
会場:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F

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