終了間近!振付家・ダンサーのダミアン・ジャレと彫刻家 名和晃平によるコラボレーション最新作《MIRAGE[transitory]》が、海外公演に先駆け福岡・博多で世界初公開中。パフォーマンスアートの新たな傑作を目撃できるのは今週末(2024年10月6日)まで!

MIRAGE[transitory] Photo: Yoshikazu Inoue

文=藤田博孝、写真=Yoshikazu Inoue (例外はクレジットを参照)

この週末10月6日まで、福岡県福岡市にあるイマーシブシアターと呼ばれる体験型エンターテイメント施設「THEATER 010」で、世界的に活躍するベルギー/フランスの振付家・ダンサーのダミアン・ジャレと、彫刻家名和晃平のコラボレーションによる新作パフォーマンスアート《MIRAGE[transitory]》が上演中だ。

ダミアン・ジャレと名和晃平は、これまでに死と再生をテーマにした《VESSEL》、霧を用いた《Mist》、彷徨う者たちを描く《Planet[wanderer]》のコラボレーション三部作を生み出しており、今回の《MIRAGE[transitory]》はそれに続く最新作として新たな展開を目指す。

出演には、ギリシャ・アメリカ・オランダ・中国・日本など、世界中で活躍するダンサーたちを招き、音楽を元ダフト・パンクのトーマ・バンガルテルが、衣装をANREALAGEが担当。

近年の《Planet[wanderer]》では、砂漠や別の惑星などの荒涼とした環境の中を彷徨う人々の姿が描かれていたが、今回の《MIRAGE[transitory]》では、そんな環境下で限界を感じた人々が見る幻覚や蜃気楼に焦点が当てられている。

福岡公演は、海外公演に先駆けての世界初公開であり、今後はスイス・ジュネーヴ大劇場でスケールアップして展開する他、ヨーロッパ巡回公演も予定している。

今回筆者は福岡「THEATER 010」で《MIRAGE[transitory]》を鑑賞し、見る者に「新たな啓示」をもたらすようなイマジナティブなパフォーマンスに圧倒された。

鑑賞後、名和晃平とダミアン・ジャレの二人に、創作をめぐる思いについて話を聞いた。

左から名和晃平、ダミアン・ジャレ、トーマ・バンガルテル Photo: Yoshikazu Inoue

 

【名和晃平×ダミアン・ジャレ インタビュー】

ー《MIRAGE[transitory]》は、人類が新たな世界に生きるための変容を遂げる場に居合わせたような体験となり、本当に感動しました。世界中の人々に「いま見るべき作品」としてお勧めしたいと心から思います。さて、お二人が過去にコラボした《Mist(ミスト)》《Planet [wanderer](プラネット[ワンダラー])》は、その制作過程や公演日程などにおいてパンデミックの大きな影響を受けましたが、それ以降も第三次世界大戦を予兆させるような世界各地の紛争や、大規模な自然災害、生成AIといったテクノロジーの急激な進化などを現代社会は体験しています。こうした世界の状況は本作の制作にどのような影響を与えているのか、またこうした時代に表現することの意味についてどうお考えなのか、お聞きかせください。

名和:現代はモダニズムやグローバリズムといった人間社会がこれまで信じてきた思想や運動に対する信頼が揺らいでいる時代だと思います。人々は自分たちが信じてきたものは実は全て幻想であり、間違っていたんじゃないかという疑念を抱いていて、生きるための新しい哲学みたいなものを、科学を信じている人も、宗教を信じている人も求めていると思うんです。そこに一つのビジョンを提示するうえで、芸術というのはとても有効な手段ではないかなと思います。僕とダミアンのコラボのように、ダンスとか音楽とか彫刻とか、表現の境界を越えて表現者がぶつかり合って生まれる芸術というのは、人々が「ここが境界だ」と思っていた“壁”を壊すようなエネルギーを持っているんじゃないかと思います。

前作《Planet [wanderer]》は星々の流星塵(Meteoric Dust)で覆われた場所が舞台で、乾燥した生きづらい環境のもと、新しい惑星とか新しい環境を求めて彷徨う人々を描きました。その続編となる本作《MIRAGE [transitory]》では、彷徨っていた人々が一つの「MIRAGE蜃気楼・幻想)」のようなものを信じてさまざまな場所から集まってきて、井戸のような一つの場所で出会うという象徴的な場面から始まります。その後、花が開くようなシーン「ブルーム」を経て、最終的には空から降り注ぐものによって、人が人ではない「ニュースピーシーズ」へと変容し、新しい種として新しい生命の生き方を見つけるというようなストーリー展開を辿ります。

MIRAGE[transitory] Photo: Yoshikazu Inoue

ジャレ:私たちが表現したり制作していることが、いま世の中で起こっていることと本当に関連性があるのかという問いについては、私たちはコロナとか戦争といった現代の時代背景を全部吸収した上で、それを表現していると思います。(《Mist》を制作中に)コロナが起こって国境が閉鎖された時、ダンサーたちも移動するのを怖がって、招集したいのに集められないということもあり、人々が隔離された状況の中で表現が閉ざされてしまったこともありました。しかし人類がそうした状況を経験した結果、人々が集まって心と体を統合することによって精神を高揚させてくれるようなエネルギーを生み出すことに対する必要性が高まったのではないかと思います。そうした機会を創出することが、私たち表現者の役割ではないかと思うんです。同時に私たちの表現には、人々を隔離し分断しようとするものに対する政治的なレジスタンスという意味も含まれています。

《MIRAGE [transitory]》では人間のヒューマニティを表現しようと試みましたが、人間にはエクスタシーを暴力に求めたり、暴力に置き換えてしまったりする傾向があります。そうしたことを鑑みた時に、名和さんが「コスミック・パースペクティブ、いわゆる宇宙的な価値観、視点が必要である」と語ったパリでのスピーチはとても印象的なものでした。その発言には、小さな視点に囚われていると、そこから飛び出すことができないので、宇宙的な視点で人間社会が作り上げた固定概念や慣習に挑んでいくという思いが込められていると思います。そういうふうに、世の中に対して視点の変換を提示することがアーティストの役割だと私は思っています。《Mirage [transitory]》のテーマである「幻想」とは「現実」と表裏一体であり、当たり前であると思っていることが本当にそうなのか、という問いでもあります。そして、元素によって構成された私たちの人間性とは何なのかという人間の定義そのものに対する問いも発しているのです。

MIRAGE[transitory] Photo: Yoshikazu Inoue

前作発表から今作発表までの間に、ダミアンさんは、JRさん、トーマ・バンガルテルさんとのコラボレーション作品《Chiroptera(キロプレラ)》(2023年)を発表され、名和さんは田中泯さんとのコラボレーション作品《Dance「彼岸より」》を発表されました。こうしたそれぞれの直近の活動は、今回のお二人のコラボレーションに新たな要素とか新しい変化というものをもたらしたんでしょうか。

ジャレ:もちろんです。だからこそ映画やビジュアルアートなど異なる分野の方々とコラボしていろいろな刺激を受けたいと思っています。JRさんから招聘されてパリのオペラ座の前でインスタレーションを行った時にトーマさんを紹介され、初めて一緒に仕事をしました。彼の作曲方法はまさに晃平さんと同じで実験を繰り返すようなものでした。人間の体やダンスそのものに対して非常に高い感度で対峙し、音楽の表現するんです。僕はテクノロジーに頼った光と音楽の祭典のような軽いものは絶対に避けたかったのですが、彼は6時間に及ぶ長さの音源を20分に凝縮させて私が欲しいものをきちんと形にしてくれました。それは私が今まで経験したことのない音楽であり、本当に自分が開眼するような経験をしたので、《MIRAGE [transitory]》の作曲家は彼にお願いしようと思ったんです。

MIRAGE[transitory] Photo: Yoshikazu Inoue

名和:田中泯さんは30年来の尊敬するダンサーですが、泯さんとダミアンのアプローチはぜんぜん違うんです。ダミアンは、振り付けのモンスターみたいな存在です。頭の中で緻密にパズルをするようにどんどん振り付けを作っていきます。今回ビザの問題とかいろんな問題があってダンサーの到着が遅れて、稽古期間がものすごく短かったんです。それにも関わらず、たった4週間でほぼ振り付けているし、最後に合流したリ・カフア(Lico)というダンサーに至っては、2週間しか稽古期間がありませんでした。そうした制限がある中で、60分間分のあれだけ緻密な振り付けをダンサーに付けていくというのは、本当に驚異的だとしか言いようがないです。それくらい本当に素晴らしい振付け家だと思います。泯さんの場合は振付けをするのではなく、振付けが全くない状態からほぼ即興で動きます。その自分の動きが見る人の中で起こることを「踊り」と呼んでいます。そうしたコンテクストも立場も違う2人との仕事は、ダンスというものを根本的に考える上でものすごく勉強になっています。今回改めてダミアンと《MIRAGE [transitory]》を作る上でも、その経験は結構活かされています。《Mist》や《Dance「彼岸より」》もそうだったように、そのプロジェクトごとに霧や光などさまざまな要素を舞台で使いながら、そこに新しい概念や多義性のある表現が生まれるのを発見してきました。それが次の作品のアイデアにつながっていくんじゃないかなと思っています。《MIRAGE [transitory]》については、この博多公演をやり切った後で、一気にジュネーブ公演に向けてフォーカスしていこうかなと思ってます。ダミアンとトーマさんと一緒に大きな劇場でやることがものすごく楽しみです。

MIRAGE[transitory] Photo: Yoshikazu Inoue

《MIRAGE[transitory]》の会期中、「THEATER 010」3階のVIP LOUNGEには《MIRAGE [transitory]》や《Planet [wanderer]》をモティーフとした名和晃平の作品が展示されている。これらの展示作品についても作家に話を聞いた。

【名和晃平による展示作品解説】

去年の夏ぐらいから《MIRAGE [transitory]》のためのワークショップを続けてきたのですが、そのワークショップの中でダンサーの象徴的なポーズを3Dスキャンして、たくさん3D化しました。そこから生まれた作品の一つが、この《Velvet》です。本作にダンサーとして出演しているヴィンソン・フレイリーと牧野李砂さんをモデルに、歩いているヴィンソンの頭部李砂さんがパラサイトしているようなポーズで、実際の50%のスケールの彫刻作品に仕上げました。

株式会社サイバーエージェントに協力していただき、360度を140台のカメラで囲まれた空間で、2人にポーズをとったり、動いたりしてもらって、その瞬間を140台のカメラで同時に撮影しました。その画像をコンピューターで解析して3D化するという技術を使って制作しています。さらにこの作品用に、形に対してアプローチできるプログラムを特別に組みました。例えば吹雪の中にいたとすると、身体の凹凸がある部分に雪が残りますよね。そういうテクスチャーのポイントを抽出できるようにし、そこに結晶体のような形を付着させました。ダミアンが振り付けた「Walking」というシーンで時々ダンサー全員の動きがパッと止まるのは、ダンサーを瞬間的に彫刻のように見せるという演出なのですが、そんなふうに彫刻化したダンサーの周囲に結晶が発生したようなイメージで作りました。

また、彫刻が不思議な質感をしているのはクロッキー加工という技術によるものです。これは電気分解(分解したい物質を溶かした溶液に電流を流して電気化学的に分解する方法)によって、プラスとマイナスのイオンを発生させ、あらかじめ粘着性のあるものをスプレーしておいた彫刻にパイル(短い繊維)を振りかけるんです。そうすると、静電気の力で全ての表面に垂直にパイルが吸着していきます。その際、短いパイルと長いパイルを混合させ、短いパイルはグレー、長いパイルは少し明るいグレーにしたことによって、鑑賞者の正面に来る部分はグレーに見えて、輪郭は白く光るようにしました。そうやって、電子顕微鏡でウイルスを拡大して見ているような雰囲気が出るように工夫しました。パンデミックの時には、コロナウイルスの顕微鏡写真が世界中に拡散して人々に恐怖を与え、人々の行動を変えてしまいました。この作品を作り始めた時期はパンデミックの時期と重なっているので、そういうところにもインスピレーションを得て制作しています。

Velvet  Photo: Hirotaka Fujita

 

その他、北京のダンサー、リ・カフア(Lico)による象徴的なシーンを写真作品にし、《MIRAGE [transitory]》のメインビジュアルにも使用しました。ダンサーの体から剥がれたグリッターがキラキラ旋回しながら天に登っていくように見えるこのシーンは、コンピューターのアルゴリズムによってストロボライトの点滅を繊細にコントロールし、水だけで表現しています。水の量と水圧をコントロールするとともに、水を放出するノズルをモーターで振動させてスパイラルを作ることで、水をグリッターのきらめきのように見せているんです。

MIRAGE[transitory] Photo: Yoshikazu Inoue

壁面に展示している平面作品4点は《Orbit》というシリーズで、《Planet [wanderer]》の時にダンサーの象徴的なポーズやシーンを3Dスキャンして作品化したものです。3Dスキャン画像をiPhoneで撮影することであえてモアレを発生させ、その情報を基にコンピューター制御のドリルでアルミニウム板を削って作品化しました。情報世界の中での身体性のズレみたいなものを表現したかったので、光の加減で不思議な見え方になるように仕上げました。

《Vessel》《Mist》《Planet [wanderer]》、そして今回の《MIRAGE [transitory]》と、ダミアンとはいろんなパフォーマンス作品を作ってきましたが、単にパフォーマンスの舞台セットとか舞台美術を担当するだけではなく、そこからこうした作品も生まれますし、それらの作品からまた新たなパフォーマンス作品が生まれます。そんなふうに彫刻とダンスの間を境目なく行ったり来たりしていることがとても面白いと感じているので、これからも継続していきたいと思っています。

MIRAGE[transitory](ミラージュ [トランジトリー]) 開催概要

期間:2024年9月27日(金)~2024年10月6日(日) 計12公演

会場:THEATER 010(福岡県福岡市博多区住吉1-4-17)

公演時間:約70分(間奏あり) 

振 付 :ダミアン・ジャレ 

舞台美術:名和晃平 

音 楽 :トーマ・バンガルテル 

衣 装 :ANREALAGE 

照 明 :吉本有輝子 

舞台監督:夏目雅也 

音 響 :中原楽 

振り付けアシスタント:小尻健太

出 演 :エミリオス・アラポグル、湯浅永麻、ヴィンソン・フレイリー、三東瑠璃、 牧野李砂、リ・カフア(Lico)、福士宙夢、加賀谷一肇 、モテギミユ

チケット:https://eplus.jp/sf/detail/4143000001-P0030001 

前売り 

1 階自由席 8,000 円/学生 4,000 円 

2 階立ち見席 5,500 円/学生 3,000 円 

当日 1 階自由席 9,000 円/学生 5,000 円 

2 階立ち見席 6,500 円/学生 4,000 円 

主 催 :株式会社 Zero-Ten 

企画制作:Sandwich Inc. / Super Massive Global 株式会社 

特別協賛:Yoshimura Holdings 

協 賛 :Super Massive Global 株式会社 

協 力 :ULTRA SANDWICH PROJECT(京都芸術大学)/ 株式会社サイバーエージェント / v1rtus Ltd T/A Hemway 

 

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過去作品と今回の最新作を踏襲した“仕掛けが楽しめるカクテル”

 世界一のバーテンダー金子道人がプロデュースする「BAR 010」が、MIRAGE [transitory]をイメージ したオリジナルカクテル「Flow(フロウ)」を公演期間限定で提供。レモンジンをベースにした、香水のように華やかで複雑な香りと 味わいが楽しめる。ジンを注ぎ終わった後には、今回のパフォーマ ンスにちなんだある仕掛けもあるので、舞台鑑賞前後にお勧め。 

Flow(フロウ) Photo: Yoshikazu Inoue

 

提供店舗 :BAR 010(https://010bld.com/bar/) 

提供期間 :2024 年 9 月 27 日〜10 月 6 日 

※9 月 30 日、10 月 3 日を除く 

※入店時 MIRAGE [transitory]チケット(紙・電子)のご提示でチャ ージフリーにてご利用いただけます。 

※おひとり様 1 ドリンクオーダー制になります。

“新感覚アジアンフレンチ”を気軽に楽しめるショートコース

「アジアのベストレストラン 50」に何度も選出された福山剛氏とガガン・アナンド氏によるレストラ ン「GohGan」にて、MIRAGE [transitory]の公演期間限定で新感覚アジアンフレンチを気軽に楽しめる ショートコースを提供。看板メニューのカレーやセビーチェ、博多銘菓をオマージュした Gohりもんなど全 6 品。 

Gohりもん フォアグラ タマリンド Photo: Yoshikazu Inoue

 

コース名 :MIRAGE [transitory] 期間限定 GohGan ショートコース 

メニュー名:

《アミューズ》パニプリ セルフィーユ ヨーグルト 

《前菜》セビーチェ 真鯛 人参 

《前菜》Goh りもん フォアグラ タマリンド 

《メイン》伊萬里牛 シェリー カリフラワー 

《シメ》カニカレー 

《小菓子》”MIRAGE” 

提供店舗 :GohGan(https://010bld.com/gohgan/) 

提供期間 :2024 年 9 月 27 日〜10 月 6 日 ※9 月 27 日、30 日、10 月 4 日を除く ※MIRAGE [transitory]鑑賞された方限定価格です。入店時にチケット(紙・電子)をご提示ください。 ※事前予約が必要なコースとなります。詳細は予約サイトにてご確認ください。 

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