名和晃平個展「At Random」——都市のノイズを反転させ、彫刻の内部へ
東京・原宿|seeen Harajuku|2026年11月1日〜28日

取材・文=藤田博孝(ONBEAT編集長)

東京・原宿の喧騒の中に、銀色の襞を幾重にもまとった、彫刻のような建築が出現した。見る角度や光の変化によって表情を変えるその外観は、周囲の商業建築とは明らかに異なる存在感を放っている。彫刻家・名和晃平(Kohei Nawa)と、彼が主宰するクリエイティブ・プラットフォームSandwichが設計を手掛けた、新たなアートスペース「seeen Harajuku(シーンハラジュク)」だ。

2026年11月1日、そのこけら落としとして開幕した名和の個展「At Random」では、建物の4つのフロアと、それらを貫く螺旋階段を舞台に、彫刻、平面、インスタレーションなど多彩な作品群が展開されている。

都市の環境音から生み出されたファサード、洞窟を思わせる曲面壁、光に向かって伸びる彫刻、そして断片化された記憶を再構成する新作。そこでは建築と作品が互いに呼応し、空間全体が一つの彫刻として立ち上がる。

10月30日に開催されたメディア内覧会で、名和は建築の構想から作品に込めた思想までを語った。その言葉を手がかりに、原宿に誕生した新たなアート空間と、そこに広がる名和の創造世界を読み解いていく。

「At Random」——ランダムに見える創造の、その奥にあるつながり

 

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

今回の展覧会タイトル「At Random」は、一見すると無作為に選ばれた作品群を意味するようにも思える。

しかし、名和の説明を聞くと、その言葉には、より複雑な創作のあり方が込められていることがわかる。

名和は、日々の制作の中でさまざまなイメージやアイデアが次々と浮かび、それらが相互に影響し合いながら新たな表現へとつながっていくと語った。

そのため今回の展覧会では、特定の順路や物語に鑑賞者を導くのではなく、どの階から見ても、どの順番で見ても成立する構成を目指したという。

作品群はそれぞれ独立して存在しながら、形態や素材、光、情報、生命、重力といった要素を通して、緩やかにつながっている。

《Force》の感覚が建築のファサードへと受け継がれ、《Ether》が螺旋階段と一体化し、《Spark》と《Biomatrix》が物質の生成と消滅を異なる角度から映し出す。

そして、新作《PixCell-Memorandum》では、断片化された記憶が再び組み合わされ、これまでにないイメージが立ち現れる。

ランダムに見えるものの中に、思いがけない秩序や関係性が生まれる。その過程こそが、名和の創作を動かしているのではないだろうか。

1階——《Throne》が問いかける、見えない存在の支配

1階に入ると、まず正面に現れるのが、銀色に輝く《Throne (p_pyramid)》(2025)だ。

《Throne》は、2018年にパリのルーヴル美術館のガラスのピラミッド内で特別展示されたことでも知られる、名和の代表的な作品シリーズである。

今回展示された作品は、ルーヴルで発表した高さ約11メートルの彫刻とつながる、プラチナ箔によるバージョンであり、日本では初公開となる。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

筆者が、この作品の原型と今回の展示に込められた意図について尋ねると、名和は2011年の東日本大震災直後にまで遡って、その成立の背景を語った。

最初の《Throne》は、2011年6月に東京都現代美術館で開催された「SyNTHESIS」展で発表された。当時の作品では、デブリや瓦礫が積み重なった構造物の上に少年が座る姿が表現されていたという。

その後、2018年のルーヴル美術館での展示へと展開する過程で、名和は人工知能という新たな存在に着目する。

当時のAIを、人間の成長になぞらえて3歳児ほどの存在と捉え、その身体に合わせた大きさの椅子を制作。しかし、そこに座るはずの存在をあえて不在とすることで、目に見えない知性が社会を支配する未来への予兆を表現した。

「そこを不在にすることで、インビジブルな存在が社会を支配するという予兆を表現していました」

そして現在、生成AIが急速に普及し、私たちの日常生活や社会のあり方に大きな影響を及ぼし始めている。

名和は、その状況を踏まえたとき、今回の《Throne》を建物の入口正面に置きたいと考えたという。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

金色からプラチナの銀色へと変化したことで、作品の装飾性よりも造形そのものが際立ち、権威や支配という抽象的な概念が、より純粋な形で提示されているようにも見える。

そこに座る者がいない玉座。

その不在は、もはや遠い未来への想像ではなく、私たちが生きる現在を映し出しているのかもしれない。

《Throne》の隣には、2020年に制作された絵画《Dune#69》が展示されている。

 

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大した時期に描かれた作品であり、名和はそこに、気候変動や疫病など、現代社会を覆う不安が心理的に反映されているのではないかと語る。

さらにその隣には、テレビの上に狐が乗る《PixCell-TV/Fox (Fushimi)》(2026年)が置かれている。

PixCell-TV/Fox (Fushimi) photo: Hirotaka Fujita

 

名和はこの作品について、報道される情報の真偽さえ容易には判断できない現代の状況を表現したものだと説明した。

テレビという情報を伝達する装置と、その上に置かれた「人を化かす」とされる狐の姿。異なる存在が一つの造形へと組み合わされることで、情報と現実、真実と虚構の境界が揺らいでいく。

《Throne》《Dune》《PixCell-TV/Fox》という作品群を続けて見ると、そこには現代社会に潜む不安や、目に見えないものによって私たちの生活が左右される状況が浮かび上がってくる。

名和は今回の展覧会について、AIの進化や情報漏洩など、情報環境の変化が私たちの生活に直接影響を及ぼす時代だからこそ、その不穏さや不安をアートという深い表現の中で感じてもらえる場所にしたかったと語っている。

また、1階では、名和の代表作である「PixCell」シリーズの《Pixcell-Lesser Kudu》《PixCell-Flamingo》と共に、黒い無数のスパイクが一点へと収束するような造形を持つ「Spark」シリーズも展示されている。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

《Spark》は2023年にソウルのPace Galleryで開催された個展「Cosmic Sensibility」で初めて発表されたシリーズであり、今回、日本では初公開となる。

《Spark》というタイトルからは、通常、火花や閃光のような光の現象が連想される。しかし、作品を構成するカーボンファイバー製のロッドは黒いベルベットで覆われ、光を吸収するような漆黒の質感をまとっている。

その姿は、宇宙空間に浮かぶ小さなブラックホールのようでもある。

名和は今回のアーティストトークで、重力こそが惑星や生命の誕生を可能にした根源的な力であると語った。物質が集まり、惑星が生まれ、その惑星に生命が誕生する。一方で、物質が崩壊するときには光が放出される。

生命もまた、一時的に物質が集まって形成された存在にすぎず、やがてその物質は循環していく。生成と消滅、凝縮と放出。名和は、相反する現象を一つの作品の中に共存させようとしたのである。

ここで、名和が以前、筆者による『ONBEAT vol.23』のインタビューで語った言葉を紹介したい。

「《Spark》はタイトルが意味する『輝き』とは裏腹に、ブラックホールが光ですら飲み込んでしまうように、強力な重力の中心に向かって全てのものが凝縮していくイメージで制作しました。カーボンロッド製のスパイクの表面を、カメラのレンズフードの内側にも使われていた黒いベルベットで覆うことで、宇宙を想起させるような漆黒の質感を表現しました。また《Spark》は、福島原発事故でメルトダウンした核燃料デブリが『チャイナシンドローム』のようにひたすら自重だけで岩盤を溶かし、落下し続けていく様子を想像しながら制作した《Direction》のコンセプトともつながっています。その意味で本作は『闇のスパーク』だともいえます。」

この言葉からは、《Spark》が宇宙的なスケールでの物質の生成と消滅を扱うと同時に、現代社会が経験した災厄の記憶とも結びついていることがわかる。

宇宙の根源的な力としての重力と、人間が制御しきれないエネルギーの存在。その両者が重なり合うところに、この作品の持つ緊張感が生まれているのではないだろうか。

2階——《PixCell-Memorandum》が再構成する記憶の断片

2階では、新作《PixCell-Memorandum》(2026)が初公開されている。

「記憶の断片」をキーワードとする本展において、特に重要な位置を占める作品だ。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

名和が国内外の都市で撮影した約250枚の写真をもとに、それぞれのイメージから要素を抽出し、画素のように細分化して再構成。さらに、その表面に無数のセル(粒状の単位)を敷き詰めることで、独特の視覚効果を生み出している。

もとの写真は、もはや一枚のイメージとして認識できないほど断片化されている。しかし、その断片が再び組み合わされることで、鑑賞者の視線の中に新たな像が立ち現れる。

trim by graphic_PixCell-Random(Cloud)#2

 

名和は、この作品を単なる絵画ではなく、写真、絵画、彫刻という異なる表現形式を併せ持つ、新しい表現の可能性として捉えている。

作品に近づくと、個々のセルや色彩が際立ち、離れると、それらが集合した別のイメージが浮かび上がる。

鑑賞者と作品との距離が変わることで、見えるものと見えないものが入れ替わるのである。「近づいて見てもらったり、離れたり、いろんな視点から見ていただくと、現れたり現れなかったりするんですね」

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

名和は約25年前に「PixCell」シリーズを構想した際、彫刻史に新たなフォーマットを持ち込むことを目指したという。

「Pixel(画素)」と「Cell(細胞)」を組み合わせたこのシリーズは、情報化社会の到来と、生命を情報として捉える新たな視点を背景に生まれた。

名和はその時代を振り返り、クローン羊ドリーの誕生などを通して、生命と情報が一体となって変化していくことに人々が気づき始めた時期だったと語る。

そして現在、AIが言葉や画像を生成し、情報そのものが社会の現実を変えていく時代を迎えている。

《PixCell-Memorandum》は、そうした情報環境の変化の中で、私たちの記憶や認識がいかに断片化され、再構成されていくのかを問いかけている。

写真という記録媒体から出発しながら、元のイメージを解体し、再び物質的な表面へと置き換える。そのプロセスは、記憶が単に過去を保存するものではなく、現在の知覚によって絶えず作り直されるものであることを示唆しているようにも思える。

同じ2階には、《Plotter》シリーズも展示されている。

trim by graphic_Plotter#32

 

本展のために制作された《Plotter#32》《Plotter#34》《Plotter#35》は、いずれも2026年の作品である。

《Plotter》は、線の集積によってイメージを形成する平面作品であり、建物の外装「Shading Drapes」に刻まれた線状のテクスチャとも視覚的な共鳴関係を持つ。

ここで興味深いのは、建築と作品の双方に、情報を線や形へと変換するという共通した発想が見出せることだ。

ファサードでは、都市の環境音という不可視の情報がルーバーの溝として物質化された。一方、《Plotter》では、描線が積み重なることで独自のイメージが生み出される。

情報を物質へと変換し、その物質を再び人間の知覚へと接続する。

名和の作品と建築の間には、そうした往還が繰り返されている。

3階——《Biomatrix》が映し出す生命の生成と消滅

3階では、《Biomatrix#1》《Biomatrix#2》(ともに2026年)が展示されている。

《Biomatrix》は、液体の表面に現れる波紋や揺らぎを通して、物質が絶えず変化し続ける様子を知覚させる作品だ。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

名和によれば、ここで用いられるオイルは《Force》で使用しているものと同じ粘度を持つという。

《Force》では、重力によって垂直方向に流れ落ちる液体が、情報の流れを思わせる線を形成する。それに対し、《Biomatrix》では、液体の表面に生じる現象が、生命の生成や消滅を想起させる。

名和は将来的に、《Force》と《Biomatrix》を同時に展開するような、池を思わせるインスタレーションを実現したいとも語った。

一見すると異なる作品シリーズでありながら、そこには重力、液体、物質の循環という共通した主題が流れている。

名和は《Biomatrix》について、無限に生成し続けるセルを表現したものとして説明する。

その光は天井にも映り込み、鑑賞者は作品そのものだけでなく、空間全体に広がる明滅を体験することになる。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

「本当に私たち生命自体も生まれては消え、生まれては消えっていう、泡でできたような存在だなと」

そう語る名和の言葉には、生命を固定された個体としてではなく、絶えず生成と消滅を繰り返す一時的な現象として捉える視点が表れている。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

1階の《Spark》が重力による物質の凝縮を示唆するのに対し、3階の《Biomatrix》は、物質が流動しながら生命のような現象を生み出していく姿を映し出す。

両者を行き来することで、鑑賞者は生命の誕生から消滅に至る大きな循環を、異なる角度から感じ取ることができるだろう。

4階——《PixCell》《Prism》《Lens》に見る、知覚の変容

 

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

最上階の4階には、《PixCell》《Prism》《Lens》といった、名和の彫刻表現を象徴するシリーズが集められている。

名和の「PixCell」シリーズでは、対象物の表面を透明な球体などで覆うことで、鑑賞者の視覚と対象物との関係を変容させてきた。

私たちは通常、ものの表面を通して、その形や意味を認識している。しかし、透明な球体という新たな表皮が介在することで、対象物は拡大、屈折、分断され、見慣れた存在が異質なものへと変わっていく。

そこでは、もの自体が変化するというよりも、私たちがものを見る仕組みそのものが揺さぶられる。

《Prism》や《Lens》もまた、光学的な作用を通して、対象物の見え方を変化させる作品群として位置づけられる。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

これらの作品を見ていくと、名和が一貫して探究してきたのは、物質そのものの形態だけではなく、物質と鑑賞者の間に生じる知覚の変化であることがわかる。

その意味で、4階に集められた作品群は、今回の建築「seeen Harajuku」とも深く結びついている。

都市のノイズを反転させた外装、光を導く螺旋階段、曲面によって身体を包み込む壁。建築全体が、鑑賞者の知覚を変容させる巨大なインターフェイスとして構想されているからだ。

《Force》の体験を建築へ——「seeen Harajuku」都市のノイズを反転させたファサード

 

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

ここで改めて、展覧会の舞台となった「seeen Harajuku」という建築に目を向けてみたい。

「この表参道という商業空間がひしめき合っている場所に、どのように、アートコアな世界に入っていく感覚を作るか」

建築の設計を依頼された名和が、最初に考えたのはそのことだったという。

一般的な商業施設が人々を積極的に迎え入れようとするのに対し、名和が目指したのは、むしろ「謎めいていて、入っていいのかどうかわからないような緊張感がある場所」。都市の喧騒から意識を切り離し、日常とは異なる知覚の世界へと足を踏み入れるための、心理的な境界を生み出そうとしたのである。

その構想から生まれたのが、建物全体を覆う「Shading Drapes(影を纏う)」と名づけられた外装だ。

押出成形されたアルミニウム製のルーバー(細長い羽根状の部材)が、幾重にも重なり合いながら建物を包み込む。ルーバーの断面はS字型を基本とする複数の形状からなり、その表面には幅の異なる細かな溝が刻まれている。

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

この溝の形状を決定づけたのは、ほかならぬ建物が立つ場所の環境音だった。

名和は現地で夜間に録音した音の波形を反転させ、外装のテクスチャへと変換したという。騒音と逆位相の音を重ねることで音を打ち消す、ノイズキャンセリングの原理から着想を得た試みだ。

もちろん、建築の外壁が実際に周囲の騒音を打ち消すというわけではない。名和が意図したのは、都市の情報刺激にさらされていた意識が、この建築を前にした瞬間に切り替わるような体験だった。

外観を目にした筆者は、名和の代表作《Force》を想起した。黒いシリコンオイルが天井から床へと絶え間なく降り注ぐ、あの作品の建築版ではないか。そう問いかけると、名和はその着想の核心を明かした。

「まさにSandwichの建築チームと話していたのは、《Force》の前に立った時のあの感覚を建築で実現しようという話をしていました」

Installation view: “Force” Museum on Echigo-Tsumari, MonET  photo: Kioku Keizo ※本作品は「At Random」展には展示されていません。

 

《Force》では、糸のように連続して落下する黒いオイルによって重力が可視化される。その流れは空気との摩擦によって微かに揺らぎ、まるで膨大なバイナリーコードが高速で走り続けているかのような視覚体験を生み出す。

名和はそこに、情報の世界と、身体や物質が存在する現実世界を同時に生きる私たちの意識を重ねている。

「建築のファサードって、やっぱり既製品を使うと見たことがある建築になってしまうので」

そう語る名和は、ファサードのルーバーから軒天井の線状の意匠に至るまで、すべてをオリジナルで制作したという。

現地で採集したノイズを造形へと変換することで、その場所とのつながりも生み出したかったと振り返る。

《Force》において流れ落ちるオイルが重力と情報の可視化を試みたように、「Shading Drapes」は都市の不可視の音を物質的な造形へと変換する。いずれも目には見えない現象を、身体で知覚できるものへと変える試みといえるだろう。

光と音が導く螺旋階段——上下移動そのものが作品となる

この建築の中心を貫くのが、各階をつなぐ螺旋階段だ。

階段室を下から見上げると、曲面が幾重にも重なりながら上昇し、頂部の開口へと収束していく。その姿はカメラの絞りを思わせ、最上部から差し込む自然光が、暗がりの中に柔らかなグラデーションを生み出す。

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

通常、建物に必要とされる階段は、主として上下階を移動するための機能的な設備である。しかし名和は、この移動そのものを芸術体験へと変えようとした。

「ただの非常階段ではなくて、その階段を上り下りする体験そのものも作品として成立するように作りました」

階段を上り下りするにつれて、身体の向きや視線の高さが変化し、光の見え方も刻々と移り変わる。建築の内部を移動する行為が、そのまま時間を伴う彫刻体験になるのである。

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

そして、その体験をさらに豊かなものにしているのが、音楽家・原摩利彦(Marihiko Hara)によるサウンドスケープ《Memoria and Variation》だ。

「今回は『記憶の断片』というものをテーマにしている」と名和から伝えられた原は、さまざまな記憶が結びついていくような音響空間を構成した。

シンギングベル、サヌカイト、貝殻、ピアノ、ノイズなどの音を用いた約9分30秒の作品が、8.4チャンネルの音響システムによって階段室を満たす。

視覚だけでなく聴覚を通しても、空間の奥行きや時間の流れを感じ取ることができる。

螺旋階段の下部には、上方から降り注ぐ自然光へと向かって伸びる彫刻《Ether (Eye)》(2026)が設置されている。

Installation view, At Random, seeen Harajuku, Tokyo, Japan, 2026 Photo: Nobutada OMOTE ©️Kohei Nawa | Sandwich

 

植物が光を求めて成長するかのような造形の先端には、今回初めて魚眼レンズが組み込まれた。

螺旋階段がカメラの絞りに見立てられ、その下にレンズを持つ彫刻が置かれることで、建築全体が一つの巨大な光学装置のようにも感じられる。

光を受け取る建築と、光へ向かって伸びる彫刻。両者は互いの存在を補完し合いながら、一つの作品世界を形成している。

洞窟のような内部空間——建築そのものを彫刻として体験する

銀色の外装に覆われた建物の内部に足を踏み入れると、そこには外の喧騒とは対照的な、静謐な空間が広がっている。

白い壁面は直線的に区切られることなく、緩やかな曲面を描きながら連続する。角のない壁が空間を包み込み、ところどころに設けられたアルコーブ(壁面のくぼみ)が、作品との親密な出会いを演出する。

名和が目指したのは、一般的なホワイトキューブとは異なる鑑賞体験だった。

「普通のコンテンポラリーのギャラリーは、四角い合理的な形が多いので、特殊なアート体験の場所を考えると、このアールで覆われて、ちょっと洞窟的なシームレスに包まれたような感覚にできたらなと思いました」

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

筆者が壁面の滑らかな曲面について尋ねると、名和は施工を担当した株式会社イシマルの職人たちの技術を高く評価した。

曲面が複雑に連続する空間を、継ぎ目の存在を意識させることなく仕上げる。その精緻な施工技術が、名和の構想した洞窟的な空間を実現させている。

また、建築全体を通して使用する素材の種類を絞り込んだことも、空間の統一感を生み出す重要な要素となっている。

例えば螺旋階段には、セメント系の材料にガラスや石などの骨材を組み合わせ、研磨して仕上げる装飾材「BEALSTONE(ビールストーン)」が採用された。ガラスとモルタルの粒子が調和した、均質でありながら豊かな表情を持つテクスチャが特徴だ。

さらに、階段の裏側や建具まわり、外部の擁壁などには亜鉛メッキを施した金属素材を使用。素材の種類を限定することで、異なる空間が連続するような一体感を生み出している。

Photo: Nobutada OMOTE © Kohei Nawa | Sandwich

 

「そういう素材を絞ることで、物質性にフォーカスでき、空間の統一感がシームレスに繋がっていきます」

建築における素材の選択もまた、物質の表面と知覚の関係を探究してきた名和の彫刻表現と深く結びついている。

彫刻と建築が交差する場所——新たな文化的拠点への期待

「At Random」は、完成された作品を並べた展覧会であると同時に、名和の思考がどのように広がり、異なる表現へと変換されていくのかを体験する場でもある。

その舞台となるseeen Harajukuは、今後、現代アートの展覧会だけでなく、ファッションブランドのイベント、ワークショップ、レクチャーなど、さまざまな創造的活動を受け入れる場所として構想されている。

商業と文化が交錯する原宿という街に、都市の喧騒から一時的に離れ、感覚を研ぎ澄ますための空間が生まれた。

名和晃平が提示したのは、彫刻を建築へと拡張することだけではない。建築の中を歩き、光や音を感じ、作品と向き合うという一連の体験そのものを、芸術として捉え直す試みでもある。

その空間に身を置いたとき、私たちは普段見過ごしているものの中に、新たな世界を発見することになるのかもしれない。

名和晃平(KOhei Nawa)

彫刻家/ Sandwich Inc. 主宰/ 京都芸術大学教授。
1975 年生まれ。京都を拠点に活動。2003 年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了。2009 年「Sandwich」を創設。感覚に接続するインターフェイスとして彫刻の「表皮」に着目し、セル(細胞・粒)という概念を機軸に創作を続ける。彫刻の定義を柔軟に解釈し、鑑賞者に素材の物性がひらかれてくるような知覚体験を生み出してきた。近年では、アートパビリオン《洸庭》など、建築のプロジェクトも手がける。
2015 年以降、ベルギーの振付家ダミアン・ジャレとの協働によるパフォーマンス作品《VESSEL》《Mist》《Planet [wanderer]》《Mirage》を制作。2018 年にフランス・ルーヴル美術館ピラミッド内にて彫刻作品《Throne》を特別展示。
2023 年、フランス・セーヌ川のセガン島に屋外彫刻作品《Ether(Equality)》を恒久設置。近年の個展として、「Sentient」(SCAI THE BATHHOUSE、東京、2025)、「Photon Camp」(Pace Gallery、ロサンゼルス、2026)がある。
kohei-nawa.net
@nawa_kohei

Sandwich(サンドイッチ)

彫刻家・名和晃平が主宰するクリエイティブ・プラットフォーム。京都市伏見区の宇治川沿いにあるサンドイッチ工場跡をリノベーションしながら運営されている。スタジオ、オフィス、多目的スペース空間では、名和を中心としたアーティストやデザイナー、建築家やダンサーなど様々な領域のクリエイターが集い、活発なコラボレーションを展開する。
レジデンス施設も併設しており、定期的に国内外の若手クリエイターが滞在し、互いに影響し合いながら刺激的なプロジェクトを日々進行している。
sandwich-cpca.net

KOHEI NAWA At Random

会場:seeen Harajuku(東京都渋谷区神宮前6-1-7)
会期:2026年11月1日(日)〜11月28日(土)
開場時間:12:00〜18:00(会期中無休)
入場料:無料
公式サイト:seeen Harajuku

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