見えないものを多層的に浮かび上がらせる
Fishing as a Mole Does – Until Stone Becomes Water –『もぐらのように釣りをする – 石が水になるまで –』
文、写真＝ONBEAT編集部（一部オフィシャルサイト等参照）
KOTARO NUKAGA（天王洲）では、2025年7月26日（土）から9月13日（土）まで、上田暁子による個展「Fishing as a Mole Does – Until Stone Becomes Water –『もぐらのように釣りをする – 石が水になるまで –』」を開催する。1983年生まれの上田は、絵画を単なる再現や表象の手段とは捉えず、事象が変質、変容していく過程や、その瞬間に立ち現れる出来事としての絵画を追求してきた。2009年のシェル美術賞展で家村珠代審査員賞、2010年のVOCA展で大原美術館賞を受賞するなど早くから注目を集め、2018年にはPOLA美術振興財団の在外研修員としてベルギーに留学。以降はベルギーや中国へと活動の場を広げている。
写真：ONBEAT編集部
本展では、上田にとって大きな転機となったベルギー滞在中およびその前後に制作された作品を紹介する。幾重にも重ねられたイメージの層を通じて、時間や空間、記憶といった目に見えないものを多層的に浮かび上がらせる新たな展開が提示される。
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展覧会タイトル「Fishing as a Mole Does – Until Stone Becomes Water –『もぐらのように釣りをする – 石が水になるまで –』」は、上田の制作プロセスを象徴的に表している。視覚に頼らず土を掘り進むもぐらのように、あらかじめ「何をどう描くか」を決めずに描き始める姿勢。
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そして、静かに待ちながらも見えないものを捉えようとする「釣り」は、彼女の制作態度を示すメタファーだ。副題の「石が水になるまで」は、物質の流動性や変容の可能性を示唆し、地質学的な時間のスケールを想起させる。
写真：ONBEAT編集部
ベルギー渡航以前の上田作品では、静止した画面の中に時間や動き、出来事の連続性を定着させようとする試みが見られる。美術史家の高階秀爾は、上田作品の独自性について「出来上がった物語を絵画に移すのではなく、物語の成立を支える時間の流れそのものを空間化する」点にあると論じた*1。
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一方、ベルギーでの滞在中、上田はそれまでの自身の絵画制作のプロセスそのものをより客観的に観察するため、いくつかの独自のプロトコルを構築しその実践を試みた。その成果のひとつが「DÉJÀ-MAIS-VU」*2 シリーズだ。キャンバスに筆で描いた痕跡を背景色で塗り込めて輪郭だけを残すという手法は、「既に見た（déjà-vu）」ものと「まだ見ぬ（jamais vu）」ものとを往還させる試みであり、絵画を出来事の痕跡として捉えると同時に出来事を呼び起こす場として機能させている。
写真：ONBEAT編集部
また、同時期に学んだ石版画技法*3 も上田の制作に大きな影響を与えた。版を重ねて刷るプロセスや、石灰石という素材が持つ地層的な時間感覚は、物質や時間、変容に対する彼女の思考に新たな視点をもたらした。層を重ねるという行為は単なる技法を超え、思考の流動性や曖昧さを表現する方法論へと昇華されている。
写真：ONBEAT編集部
そして現在の作品ではベルギーで確立した方法論をさらに深化させ、予測不能な変化や即興性を受け入れながら、時間、思考、記憶、出来事といった非物質的な要素の多層性を描き出している。
写真：ONBEAT編集部
*1 高階秀爾「上田暁子 – 創造力 = 想像力の勝利」『ARKO 2012』（2012, 大原美術館）, p4 – 5.
*2 DÉJÀ-MAIS-VU : 仏語の「既視感（déjà-vu）」と「未視感（jamais vu）」を組み合わせた上田による造語。
*3 石版画技法：リトグラフ（lithograph）とも。石版石や金属板の上に描画して印刷する技法。化学処理によって、描画された部分にはインクが載り、それ以外の場所はインクを弾くように製版して印刷する。版に描いた絵をほぼそのまま紙に転写できる点が特徴。
ONBEATが注目するポイント
■根源的な制作姿勢
展覧会タイトル「もぐらのように釣りをする – 石が水になるまで –」は、深く、見えないものを手探りで追い求める、根源的な制作への問いかけを感じさせる。この詩的なタイトルが示す、粘り強く本質を探求するアーティストの姿勢そのものが、展示を見る者にとって大きなインスピレーションとなるはずだ。
■天王洲で体感する現代の表現
会場であるKOTARO NUKAGAが位置する天王洲アイルは、現代アートギャラリーが集積し、常に新しい文化が生まれているエリアである。この場所で、上田暁子という一人のアーティストが真摯な探求の末に生み出した表現に触れることは、日本の現代アートシーンの「今」を感じることにも繋がるだろう。
■絵画そのものに宿る「視覚的なリズム」
ライブパフォーマンスは終了したが、上田氏の作品には音楽的な要素、つまり「リズム」や「グルーヴ」が宿っている。力強い筆致の連なり、色彩の響き合い、そして画面全体の構成が、まるで一つの楽曲のようなリズムを生み出している。オープニングでのパーカッショニストとの共演は、そもそもアーティストの作品が内包する音楽性を象徴する出来事だったと言えるだろう。加筆された絵は、本展の一部として展示されている。
オープニングパフォーマンス／写真：ONBEAT編集部
開催概要
Fishing as a Mole Does – Until Stone Becomes Water –『もぐらのように釣りをする – 石が水になるまで –』
アーティスト：上田 暁子
会期: 2025年7月26日（土）～9月13日（土）
会場：〒140-0002 東京都品川区東品川1-32-8 TERRADA Art Complex II 1F
開廊時間: 11:30～18:00（火～土）
※日月祝休廊
※8月10日（日）– 8月18日（月）夏季休廊
オープニングレセプション: 2025年7月26日（土）16:00 – 18:00 終了しました
オープニングイベント: 2025年7月26日（土）17:00 – 17:30 終了しました
