渋谷慶一郎がNHK放送100周年記念企画、NHKスペシャル「臨界世界-ON THE EDGE-」の音楽を担当。
初回は2025年2月9日(日)NHK総合にて夜9時放送。

臨界世界KV

取材・文:藤田博孝(ONBEAT編集長) 写真提供:NHK、ATAK

NHKの放送100周年を記念するフラッグシップコンテンツとして、2025年に随時放送していくことになった大型企画、NHKスペシャル「臨界世界 – ON THE EDGE -」のメインテーマおよび全編の音楽を、東京とパリを拠点に活動する音楽家の渋谷慶一郎が担当する。

80億を超えて膨らみ続ける世界人口、猛威をふるう異常気象、AI技術の急速な発展、 そして、やむことのない戦争・・・。 資本主義や民主主義など、 既存の制度やシステムさえも、限界ギリギリの“臨界点”に達しています。 混迷を深める現在の状況を「臨界世界」と位置付けてシリーズでお伝えしていきます。 シリーズ「臨界世界-ON THE EDGE-」では、激動する世界各地のこうした「臨界世界」の現場やそこで生きる個人に密着し、 彼らが直面する矛盾、怒りや喜びを通して、 私たちが生きる世界の今を臨場感のある映像と音声でリアルに描いていきます。(NHK広報局「報道資料」より)

オペラから電子音楽、ピアノソロまで幅広いジャンルで先鋭的な活動を展開し、創作を通して、生と死の“境界領域”を問いかけてきた渋谷が「臨界世界」という概念を音楽で表現する。
放送に先立ち、全ての制作を前日に終えたばかりの渋谷慶一郎に会い、話を聞いた。

渋谷慶一郎インタビュー NHKスペシャル「臨界世界 – ON THE EDGE -」の音楽制作について

Keiichiro Shibuya Photo by Grégoire Alexandre


渋谷
:「臨界世界」のテーマ曲と全体の音楽の制作依頼を受けたのが、昨年11月後半頃です。翌年2月9日の初回放送には絶対に間に合わせなければなりませんが、自分のピアノソロコンサート(『Keiichiro Shibuya Playing PianoーLiving Room』12 月19 日[於]紀尾井ホール)が終わるまでは取り掛かかれないので、かなりタイトなスケジュールであることは明らかでした。しかし、ピアノソロコンサート後は疲きってしばらくダウンしてしまったので、実際に作曲に取り掛かったのは大晦日の少し前ぐらいでした。年末から正月休みもほとんど取らずに働き続け、メインテーマの候補を3~4曲作ってみたのですが、いずれも「これだ!」という決めきれるものがありませんでした。

そんな状況の中、そのメインテーマ曲は全く予期しないタイミングで出来上がりました。1月3日のことですが、四六時中作業が続きさすがに疲れたので寝っ転がってYouTubeを見ていたら、ふと曲が浮かんできたのでピアノのところに行き、なんとなく弾き始めました。そうしたらまるで降って湧いたかのように曲が完成してしまったんです。こんなふうに一見必要のないもの、コンテクストの外にあるものなどがイマジネーションのトリガーになることは結構あるんですよね。ベートーベンは「早く書いた曲と、大衆のために書いた曲だけがウケる」というようなことを言っていますが、確かに僕自身もドラマ『SPEC』や劇場映画『Midnight Swan』の制作を通じてそういうことを身を持って体験しています。実際今回の楽曲(NHKスペシャル「臨界世界 – ON THE EDGE -」のメインテーマ)も一回聴いたら誰でも覚えられると思います。同時に3分15秒くらい楽曲の中にさまざまな要素を組み合わせることができたのも良かったと思います。

NHKからは、弦などの生楽器を使って仕上げてほしいというリクエストがあったので、昨年6月に東京でアンドロイド・オペラ『MIRROR』の公演を行った際に演奏を依頼したヴァイオリニストの成田達輝くんや石上真由子さんたちを再び召集して弦を録音しました。その点で、NHKの509や506といったクオリティが高いスタジオが使えたのは得難い体験でした。

時間がないときというのはいろいろ発明があるもので、偶然出会ったイギリス製の素晴らしいソフトシンセを即興で演奏して録音し、そこにヴァイオリンやヴィオラ、チェロなどの必要な音だけを足していく、つまりそこだけスコアに書いていくという作曲方法も取りました。この方法だと、生の弦に関しては必要最小限の音だけ書いていくことになるので、従来の自分の弦の書法の癖からも自由になります。

それで弦のレコーディングを2回と、自分のピアノのレコーディングセッションを1回の合計3回のレコーディングを行い、エンジニアのZAKさんとミックスダウンを行いました。それでミックスダウンしたデータをすぐにロンドンのメトロポリススタジオに送って、スチュワート・ホークスというエドシーランやエイミーワインハウスまで手掛ける素晴らしいエンジニアにマスタリングしてもらいました。こうして1か月以内で、メインテーマを含む新曲14曲の作曲、レコーディング、ミックス、マスタリングまで全てを完成させることができました。

これらの音楽はドキュメンタリーのBGMよりというのは映画音楽を作るように制作していきました。「臨界世界 – ON THE EDGE -」に登場する世界の臨界地点に生きる人間たちの姿は、ある意味では映画よりもドラマティックでリアルだからです。是非多くの方々にご視聴いただきたいです。

NHKスペシャル「臨界世界 – ON THE EDGE -」

NHKスペシャル「臨界世界 – ON THE EDGE -」は、2025年2月9日(日)から3週にわたり、NHK総合にて放送(後9:00~9:49)。
※各回についての解説は全てNHK広報局「報道資料」より。

「第1回 中国のハゲタカたち」2月9日放送
第1回は、臨界点にある中国経済にスポットをあてます。 驚異の経済成長を遂げ世界2位の経済大国として世界に大きな影響力を及ぼしてきた中国経済は新型コロナウイルス感染拡大の収束後、大きな分岐点を迎えています。 中国のシリコンバレーと言われ、 改革開放の象徴とされてきた広東省深圳、河南省が主な舞台です。 不動産バブルが崩壊し、 大手企業の倒産も相次ぐ中、 資産を安値で買う凄腕の中古品買い取り業者に密着し、減退する中国経済の今を描きます。第1回は、中国“ハゲタカ・ビジネス”の実態。かつて経済成長のシンボルだった深圳。続々倒産する企業に群がり、大型の工作機械から扇風機に至るまであらゆる備品を買い叩き金にかえていくのが自称“ハゲタカ”たちだ。彼らの肩越しからは、不動産不況にとどまらず、国のゼロ・コロナ政策のツケなど中国経済のリアルが見えてくる。

工作機械を品定めする中古品買取業者。製造業の企業倒産は彼らにとってビジネスチャンス。

 

「第2回 生か死か 難民たちの❝ゲーム❞」2月16日放送
第2回はヨーロッパ、 人道主義の臨界点にスポットをあて、深刻化する難民輸出ビジネスの闇を伝えます。 現在、 難民の数は過去最多の1億2000万人。 しかし、これまで人道主義を掲げてきたヨーロッパ各国の政治状況は激変。 移民排斥に舵を切り国境警備の強化や不法入国者の強制送還に踏み切る国もあります。今回は、ロシアを経由してドイツへの亡命を試みるアフガニスタン難民の兄弟に密着し、想像を絶する過酷な旅をルポします。

命がけで亡命を試みる難民たち

 

「第3回 ウクライナ女性兵士の戦争(仮)」2月23日放送
第3回は、ロシアの軍事侵攻を受け3年。最大の支援国であるアメリカがトランプ政権に変わる今、臨界点にあるウクライナ軍事侵攻のリアルを描きます。兵士不足が深刻化する中、 ウクライナでは、女性兵士の割合が20人にひとりとなり、普通の市民だった女性たちが、戦闘に加わるという未曾有のステージを迎えています。むき出しの暴力の中で、 喪失感と絶望感に襲われる彼女たちの本音に迫ります。

ウクライナ女性兵士

 

 

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