甲斐さやか監督の長編第二作『徒花 ADABANA』を第37回東京国際映画祭で鑑賞。全国で絶賛公開中!
文:藤田博孝(ONBEAT編集長)
甲斐さやか監督の長編第二作となる『徒花 ADABANA』。
彼女のデビュー作『赤い雪』でその才能に驚かされた筆者は、大きな期待を持って本作を鑑賞した。
結果、大満足となったこの作品の感想や魅力を語るため、まずは物語の概要をお伝えしたい。
未知の疫病の流行により人口の大幅な減少に直面した近未来の地球では、人間のクローンをつくることでその問題に対処していた。
富める者は病気などによりその死が近づくと、自分の代替品として隔絶された環境で育てられたクローンを犠牲にすることで、自らは生きながらえるのだ。
▲『徒花-ADABANA-』 (C)2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
クローンの臓器などを自らに移植するケースもあれば、クローンに自らの記憶を置き換えるケースもあるだろう。それは劇中では細かく語られない。
いずれにせよその行為は、この映画のキャッチコピーにある通り、「私が生きるために、私を殺す。という選択」をすることを意味する。
▲『徒花-ADABANA-』 (C)2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
この映画の主人公、新次(井浦新)も死に至る病を患い、クローン手術(仮にそのように呼ぶ)を受けるべく施設に入院する。
クローン手術を成功させるためには精神の安定を保つ必要があることから、新次は臨床心理士のまほろ(水原希子)からさまざまなカウンセリングを受ける。
▲『徒花-ADABANA-』 (C)2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
しかし、自身の人生に肯定的な意味を見出せない新次は、延命を図ることにもあまり前向きであるように見えない。
物語はカウンセリングを通じて自分の人生を見つめ直す新次の様子を、彼自身の回想シーンを随所にはさみながら淡々と描写していく。
▲『徒花-ADABANA-』 (C)2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
しかし、このクローン・プロジェクトや施設の設立に携わったとみられる人物を父に持つ新次が、その特権的な立場を利用して禁止条項である「自分のクローンと対面する」ことを強行的に果たす。
そしてそれが、新次の鬱屈とした心に少なからぬ変化を及ぼしていくのである。
▲『徒花-ADABANA-』 (C)2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
新次のクローンが、ソメイヨシノを例えに「徒花」として生きる自分の立場に満足していると語るシーンが強く印象に残った。
クローンだけじゃない、そもそも我々はある意味みんな徒花であり、徒花として散る。その中で満たされているのだ。そんなふうに初めて考えさせられた。
▲『徒花-ADABANA-』 (C)2024「徒花-ADABANA-」製作委員会 / DISSIDENZ
冒頭で述べた『赤い雪』に続き、本作の脚本も甲斐監督自身によるものだ。
彼女の映画の魅力の根本的な要素として、そのミステリアスで独創的、そして造形的ともいえる深みのある脚本の力が挙げられることに異論をはさむ者はいないだろう。
撮影・音楽・美術などの諸要素は、近未来の物語にリアリティを与えるとともに、ミニマルアートのような抑制された美しさを醸し出していた。
そして主演の井浦新は一人二役を見事に演じ分け(生き分け)ることで、物語を別次元へと高める求心力を発揮していて見事だった。
『徒花 ADABANA』は、見る者を人生の哲学者にしてしまう示唆と余白に満ちた美しい映画だ。
複数で見に行けば、鑑賞後の話に花が咲くのは間違いない。
『徒花 ADABANA』
STAFF
監督:甲斐さやか / 撮影:高木風太 / 照明:後閑健太 / 録音・音響効果:小川武
美術:河島康 / 編集:山崎梓 / 編集:ロラン・セネシャル / 衣装デザイン:前田敬子(LOISIR)
Stylist:JOE(JOETOKYO)/ ヘアメイク:宮坂和典 / 音楽:長屋和哉 / 音楽プロデューサー:akiko
キャスティングディレクター:杉山麻衣
CAST
井浦新 / 水原希子/ 三浦透子/ 甲田益也子
板谷由夏 / 原日出子 / 斉藤由貴 / 永瀬正敏