長谷川祐子がアートディレクターを務める「森の芸術祭 晴れの国・岡山」が、岡山県北部の12市町村を舞台に好評開催中!2024年11月24日まで。

(現地レポート・後編)

「森の芸術祭 晴れの国・岡山」レセプションにて 参加アーティストと長谷川祐子(前列右から6番目)/撮影:藤田博孝

文=藤田博孝 写真=クレジット参照

長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長、東京藝術大学名誉教授)がアートディレクターを務める「森の芸術祭 晴れの国・岡山」が、魅力的な地域資源を数多く有する岡山県北部の12市町村を舞台に好評開催中だ(2024年11月24日まで)。参加アーティストは12ヶ国・地域から42組43名。国外から18名、国内から25名が作品を発表している。
本芸術祭については、「『森』がもたらす『恵み』を芸術の力で未来に向けて活性化することを目的とし、『本当に必要な資本とは何か?』を問いかけます」(公式サイト)とコンセプトを掲げる長谷川祐子に、弊誌『ONBEAT vol.21』(2024年10月8日発売)でも開催に先駆けロングインタビューを行っているので、是非ご一読いただきたい。ここでは芸術祭の代表的な展示を各エリアごとに現地レポートする。前編はこちら
なお、個々のエリアや作品の解説については、本芸術祭の「公式ガイドブック」を参照させていただいた。

衆楽園 | 開幕式

「森の芸術祭 晴れの国・岡山」開幕式で挨拶をする長谷川祐子/撮影:藤田博孝

開幕式の挨拶でアートディレクターの長谷川祐子は以下のようにその思いを語った。
「昨今は洪水や、台風、地震など、日本各地が自然災害に見舞われていますが、この県北はこれまでそういった大きな災害もなく、理想的な形でサステナブルな暮らしが営まれています。その『健やかさ』はこの地域が持っている隠れた資源の一つだと思います。そして、この『隠れた資源』こそが今回の芸術祭のキーワードになっています。芸術祭を通じて、地元の方々も気がついていない隠れた資源を、アーティストや建築家の力を使って少しずつ可視化していきます。例えば、この衆楽園の迎賓館は障子によって仕切られていることで、広間から衆楽園の庭が見えない構造になっていました。そこで今回地元の建具屋さんにお願いして、その障子をガラス窓に取り替えていただき、広間と庭を一体につなぐことができました。たったそれだけのことですが、『庭を見る』という体験を加えることで、衆楽園迎賓館の価値をぐっと上げられたのです。私はそういったことが非常に大切だと考えています。この芸術祭でいろいろな場所を巡る中で、来場者の皆さまにも新たな発見をしていただけると思います。
芸術祭には12カ国から43人のアーティストたちが参加していますが、今回の私の仕事は個々のアーティストの本質的な要素をこの場所とつなげることでした。アーティストたちはこの場所に対する愛と理解を深めながら、その思いを来場者にどのように見せればいいのかを考え、素晴らしいインスピレーションによってそれを具現化してくれました。自分で言うのも本当におこがましいのですが、自分が海外でたくさん手掛けてきたビエンナーレや芸術祭の中で、今回の芸術祭はその愛において、そして場所との関係性において、ベストなものだと考えています。この『森の芸術祭』が誘惑し、引き寄せるものは何なのかということを見ていただきたいと思います。
また、私が海外の芸術祭でできなかったことは『食』のプロジェクトでしたが、それを今回、食が芸術であるこの国で行うことができました。皆さまには、ぜひリクリット氏プロデュースの『ハレノクニ弁当』を、このお庭を見ながら食べていただきたいですし、芸術祭では3種の『森のいろどりパフェ』も用意しています。それから私は、自分がプロデュースした『森の芸術祭』を象徴する食べ物を、地元の方々が使うスーパーマーケットに並べることで、人々と『森の芸術祭』が出会う機会を創出したいという願いを持っていました。それを今回、事務局の方々とパン屋さんとスーパーマーケットの方々が協力して、『森の芸術祭』を象徴する『森パン』と、私が大好きなピーチをイメージした『桃パン』を作ってくださいました。それらはスーパーマーケットでお求めいただくことができます。そんなふうに本当に、さまざまな方との関わりを持ってこの芸術祭を開幕することができました。つなぐ役を、そして食べ物のプロデュースをできたという喜びに満ちて、今日のご挨拶に変えたいと思います。」

鈴鹿成年《パルフェ レザン~ぶどうのうるおい~》2024

鈴鹿成年《パルフェ ポワール・マロン~秋の色づき~》2024

ディレクターの長谷川は食のデザインも芸術と考え、岡山県出身のパティシエ鈴鹿成年出品作家の一人として招待した。鈴鹿へのコミッションワークとして生まれた3種のパフェは、県内3ケ所で味わうことができる。

衆楽園の庭/撮影:藤田博孝

 

鏡野/奥津エリア

奧津渓/©岡⼭県観光連盟

中国山地を背景とした豊かな自然環境に恵まれた鏡野町にある「奧津渓」。透明度の高い水が吉井川沿いの3キロメートルにわたって流れる奧津渓では、秋には紅葉の広がる素晴らしい渓谷美を見ることができる。
仮想と現実、自然と人工など、相対する境界の分解と合成をテーマに制作を行う立石従寛「奥津渓を流れる吉井川を陸上に移動させたというイメージで作った」という作品《跡》を展示。鏡面上の立体物と5つのスピーカーを使ったサウンドインスタレーションだ。スピーカーからは、奧津渓の山の生き物の声、その先につながった海の生き物の声、電子音などがミクスチャーされた地球スケールのサウンドが流れる。

立石従寛とインスタレーション作品《跡》(部分)/森の芸術祭 岡⼭/撮影:藤田博孝

「奥津渓と鑑賞者が調和し、一体化できるような作品を目指しています」と語る立石のサウンドインスタレーションと、本人による解説は以下よりご試聴可能です(一部お聞き苦しい箇所がございますことをお詫びいたします)。

インスタレーション作品《跡》(部分)/森の芸術祭 岡⼭/撮影:藤田博孝

 

ジェンチョン・リョウ《⼭に響くこだま》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:藤田博孝

鏡野町の国道通り沿いにある町施設「奥津振興センター」の敷地では、台北(台湾)出身のジェンチョン・リョウが自然豊かな鏡野町を象徴するヤマセミをモチーフとした高さ6.5メートルにおよぶ大型彫刻作品を展示している。芸術祭終了後も常設展示される同作品の内部にはコブシの木が植えられており、木の成長とともに作品はより自然と一体になっていく。

真庭/蒜山エリア

グリーナブルヒルゼン_パビリオン 「⾵の葉」/©真庭観光局/写真提供:真庭観光局

ディレクターの長谷川祐子は開幕式で「真庭市はバイオマスに関する取り組みをさまざまな形で発信していらっしゃいますが、そういった森林の再生活用に関する提案や、森林大国・日本の未来を予言するようなメッセージの発信源に、この『森の芸術祭』が育っていくのではないかと思っています。」と語った。(※岡山県内最大の面積を持つ真庭市は、そのうち8割を森林が占めており、ヒノキの産地として有名である。『真庭バイオマス発電所』は、市内で操業中の木材加工会社から製材後に出る端材や、森林で大量に発生する間伐材の有効利用を目指して2015年4月に運転を開始した。真庭市は、このバイオマス発電だけで電力の自給率が100%を超える状態を実現した。)
その真庭市内の国立公園 蒜山(蒜山高原)に、サスティナブルの価値をより多くの人に知ってもらうための観光発信拠点として2021年にオープンしたのが「GREENable HIRUZEN(グリーナブルヒルゼン)」で。同施設は建築家・隈研吾の設計監修のもと、東京・晴海に期間限定で建設されたパビリオン〈CLT PARK HARUMI〉を移築したものだ。CLT(Cross Laminated Timber)とは、ひき板(ラミナ)を並べた後、繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料である。部材を解体して移設・再築ができるように予め設計された〈CLT PARK HARUMI〉には、国産のヒノキ材とスギ材から加工された真庭市産のCLTが多用されている。晴海から蒜山高原へと”里帰り”したCLTパビリオンの新名称「風の葉」は、公募の結果決まったものだ。GREENable HIRUZEN」は、脱炭素・サステナブルの象徴であるCLTパビリオン「風の葉」のほか、サステナブルを実践できるグッズを販売するビジターセンター・ショップ、芸術文化を発信する真庭市蒜山ミュージアム、体験プログラムを提供するサイクリングセンターから構成されており、施設内の「真庭市蒜山ミュージアム」では、川内倫子上田義彦東勝吉東山詩織の展示が行われている。

川内倫⼦《無題》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:浅野 豪/写真提供:JR⻄⽇本

川内倫⼦《無題》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:藤田博孝

川内倫⼦《無題》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:藤田博孝

「去年の秋から今年の6月までに4回撮影に通い、真庭郡新庄村の滝、真庭市北房の蛍、蒜山の山焼き、西大寺(岡山市)の「西大寺会陽(はだか祭り)などを撮影しました。西大寺のはだか祭りは、25年くらい前に初めてその存在を知りました。それ以来ずっと、新聞社の方が撮られているようなものすごい数の人々が蠢いている映像を、彼らと同じ場所から撮ってみたいなって思ってたんですけど、今回協力を得られてやっと撮影ができたので、すごく感慨深いです。それから、子どもたちの裸祭りを見れたんですけど、大人の迫力と違った子どもたちの生のみずみずしさを見せてもらえたのが、(自分にとって)とても大きなポイントだったなと思っています。また、蛍を撮りたいと思ったのは、その小さい生き物の儚い命の存在がエッセンスとして加わることで、展示内容に広がりが出るかなと考えたからです。それで日本でも有数の蛍の生息地だという場所に行ったんですけど、今までいろいろ蛍を撮影してきた中でも、本当に一番と言っていいくらいすごい数の蛍を見ることができて、すごく大きな経験になりました。それぞれビデオも撮影したんですけど、新聞社の人たちがはだか祭りを撮影した時のフラッシュの点滅と、蛍の点滅が融合するようで、同じ生き物としての親密さみたいなものを感じました。」(川内倫子)

川内倫⼦《無題》2024/森の芸術祭 岡⼭

川内倫子が撮影した「西大寺会陽(はだか祭り)

川内倫⼦《無題》2024/森の芸術祭 岡⼭

川内倫子が真庭市北房地区で撮影した蛍の群舞

東 勝吉《オニ杉》2004/由布院アートストック蔵

長谷川祐子が「私のアイドル」と語る東勝吉(2007年没)は、10代から木こりとしての人生を歩み、引退後に老人ホームで暮らすなかで83歳から本格的に絵画制作を始めたという異色の画家。東の地元である大分県湯布院を中心とした山岳風景や田園風景を題材とし、長年の林業経験に基づく独自の視点で自然を捉えた表現が特徴。

東⼭詩織《Boundary line》2021/Photo: Ujin Matsuo

東山詩織の作品の多くは画面全体がいくつものセルに分割され、それぞれのセルに樹木や草花、テントなどが細やかな筆致で繰り返し描かれる。長谷川は東山の作品について「かなりシュルレアリスティックでフェミニンな不思議な物語が作品の中に展開されています。細部を見ていくと非常に面白くて飽きないです。そして遠くから見ると一つの幾何学的なペインティングにも見えます。そんなレイヤーのある構造を持った作品ですね。」と解説した。

上田義彦 展示風景/撮影:藤田博孝

上田義彦 展示風景/撮影:藤田博孝

上田義彦は写真家としてサントリーのウーロン茶、無印良品、資生堂、Canonといった広告写真を担当、2021年には映画『椿の庭』を監督した。約40年にわたり森を撮り続けていることについて上田は「自分が森で何を撮っているのかを説明できる具体的な言葉は未だに持っていません。ただ(自分の行為は)、森の中にある命の大元を探し続ける旅だと思っています。」と語る。

GREENable HIRUZENの向かいにある「ヒルゼン高原センター」も、蒜山名物ジンギスカン、ひるぜん焼きそば、蒜山おこわ、ジャージーソフトクリームといったご当地グルメが満喫できるお勧めスポットだ。

(上下とも)勝山町並み保存地区/撮影:藤田博孝

かつて出雲街道の宿場町として栄え、白壁の土蔵、格子窓の商家など古い町並みが残る勝山町並み保存地区家々の玄関が固定豊かな暖簾が彩られているので、歩いていても退屈しない。その勝山町並み保存地区ほか(サテライト会場)」の家々の軒先には、建築家の妹島和世がデザインした椅子が複数設置されている。

妹島和世《あしあと》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:浅野 豪/写真提供:JR⻄⽇本

 

歩く動物を思わせる脚が特徴のそれらの椅子が点在する様子は、動物たちの行進のように見えなくもない。そんなユーモラスな装飾性と、雨水を排するドレーン機能を兼ね備えた妹島の椅子が、街道のしっとりとした佇まいと不思議に調和し、新しい景観を生み出している。ちなみに、妹島の父親は真庭市旧勝山出身であるため、妹島は幼い頃から同地に馴染んできたとのことで、妹島は真庭市の観光大使も務めている。

新見/満奇洞・井倉洞エリア

サテライト会場となっているまなびの森新見図書館では、モニュメンタルな絵画のインスタレーションを発表しているブリュッセル在住のアーティストマイケル・リンが、図書館の2階から3階へと続く踊り場の吹き抜け空間に、新見市でのリサーチ中に訪れた呉服店で見せてもらった草木染染色図鑑(栗山工房 2代目栗山吉三郎作)から着想を得た作品を展示している。
一級河川高梁川の源流に位置する新見市の南部にはカルスト台地が広がっており、複数の鍾乳洞が点在する。このエリアでは蜷川実花 with EiM、ティラナ(アルバニア)出身のアンリ・サラ地元岡山出身の杉浦慶侘の展示が見られる。

マイケル・リン《スタン ダードカラー 2024》2024/森の芸術祭 岡山/撮影:浅野豪/写真提供:JR西日本

満奇洞/©岡⼭県観光連盟

蜷川実花 with EiM《深淵に宿る、彼岸の夢》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:蜷川実花

蜷川実花 with EiM《深淵に宿る、彼岸の夢》2024/森の芸術祭 岡⼭/撮影:蜷川実花

写真家、映画監督の蜷川実花は、データサイエンティストの宮田裕章、セットデザイナーのENZOらと結成したクリエイティブチーム「EiM」と共に、歌人の与謝野鉄幹・晶子夫妻が「奇に満ちた洞」と絶賛したことに由来する名を持つ鍾乳洞「満奇洞」で展示を行っている。鍾乳洞内部に足を踏み入れると程なくして、与謝野夫妻の言葉は決して誇張でないことが分かる。奇妙な鍾乳石の数々が生み出す神秘的な空間が広がっているのだ。さらに奥へと歩みを進めた先で遭遇した彼岸の光景は、まさしく蜷川実花ならではの世界観であり、強いインパクトを残す。冥界巡りであると同時に、胎内巡りでもある本作を後にして外に出ると、甦り(黄泉がえり)を体験したような気分になった。

浦慶侘の展示風景/撮影:藤田博孝

杉浦慶侘の展示風景/撮影:藤田博孝

満奇洞近くにある「ふれあいセンター満奇」では、写真家・杉浦慶侘の展示が見られる。杉浦は地元・岡山での制作にこだわり「人と自然の関係性」をテーマに活動を続けている。今回は新見の山を撮影したシリーズ〈新見山〉から6点を展示している。深い静けさが漂う作品は一見の価値がある。

井倉洞/©岡⼭県観光連盟

アンリ・サラ《未来はかすかに響く歌》2024/森の芸術祭 岡山/撮影:浅野豪/写真提供:JR西日本

映像、音楽、空間の交錯に焦点を当て、視覚と聴覚の相互作用を探求するような作品で知られるアンリ・サラは、全長1,200メートル、高低差90メートルにおよぶ鍾乳洞「井倉洞」でインスタレーション作品を展示している。鑑賞者は、作品の一部としてのリュックを背負い、サラによって演出された洞窟内へと足を踏み入れる。洞内では、サウンドとライトがインタラクティブに反応し、未知の世界を探検しているような気分にさせられる。急こう配の狭い鍾乳洞内を歩く行程は、まるで一人前の人間になるためのイニシエーションを受けているようでもあった。洞窟の最終地点では天井高くから滝が流れ落ちる中、サラの映像作品が映し出されていた(カメラの充電が切れ、不覚にも内部の撮影ができなかった。残念!)。出口にたどり着き外に出ると、陽の光を浴びながら伸び伸びと平地を歩けることに感謝すら感じ、安堵とともに清々しい気分になった。体験前と体験後の心理的な落差がこれほど大きな作品もなかなか無いと思う。アンリ・サラの企みと自然の力によって、生きることの原点に引き戻されるような稀有な鑑賞体験ができる本作は、本芸術祭の一つのハイライトともいえるだろう。

まとめ

筆者が参加したプレス内覧ツアーは、2日間にわたってかなりの強行スケジュールで行われた。海外で数々の芸術祭やビエンナーレをキュレーションしてきた長谷川祐子が手掛けただけあり、「森の芸術祭 晴れの国・岡山」はさすがに内容が濃く、記憶と身体にしっかり刻まれる体験となった。同時に、取材を通じて日本が森林大国であることを改めて再認識させられた。天然資源の乏しいわが国は、真庭市の事例などを手本に「森林」という資源を有効活用していくことができるのか。ディレクター長谷川祐子は私たちの目の前にある「隠れた資源」を、アーティストたちとともに明らかにし提示して見せた。「森」を冠に掲げる本芸術祭が発信するメッセージを受け留め、未来をイメージしたいと思う。間違いなくこの秋お勧めの、ひと味違う芸術祭である。晴れの国・岡山の県北で、ぜひ「本物」に触れてほしい。

森の芸術祭 晴れの国・岡山

会期:2024年9月28日(土)~11月24日(日)
時間:原則9:00~17:00 *一部例外あり
会場:岡山県内の12市町村
休館日、観覧料については下記リンクから遷移する公式HPをご確認ください。

 

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