富岩運河環水公園のシンボル施設となっている天門橋をバックした久保寛子さんの《やまいぬ》

2023年9月15日(金)~10月29日(日)まで、富山県にて開催中の「北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023 物質的想像力と物語の縁起― マテリアル、データ、ファンタジー」。その内覧会の様子をチバヒデトシがレポート!

水辺からアートを楽しむ。そんな素敵なアートフェスが開催されています。

いまやさまざまな地域で行われているアートフェスですが、地方での開催の多くは海や山、島といったその土地の自然を活かしたものが多く見られます。対して都市部で行われるアートフェスは街中の廃屋などを有効活用したものが目立ちます。

富山県富山市において開催中の「北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023 物質的想像力と物語の縁起― マテリアル、データ、ファンタジー」(以降、GFK2023と記す)は地方型とも都市型ともちょっと違った独自のスタイルを持っており、地方でのアートフェス開催の工夫や可能性を感じさせます。水辺と都市機能をうまく融合させつつ、コンパクトながら変化のあるアートクルージングが楽しめるのです。

GO FOR KOGEI2023の会場の起点となる富岩運河環水公園。会期は2023年10月29日(日)まで

GO FOR KOGEIは工芸の魅力を今日的視点から発信するプラットホームとして、2020年から富山、石川、福井の北陸3県において開催されている工芸の祭典です。テーマから想像すると、北陸の伝統工芸のイベントと捉えられてしまうかもしれませんが、本祭においてはより幅広い視点で工芸を捉えたアートイベントとして注目されています。

特に本展覧会においては、大掛かりなインスタレーションや、多数の絵画作品など、工芸、現代美術、アール・ブリュットを跨ぐアーティスト26名が参加しており、近年、デザイン都市としての評価が高まっている富山市における最先端の地方都市型アートフェスとなっています。

水辺から作品に、作者の物語に触れる

GFK2023のタイトル「物質的想像力と物語の縁起― マテリアル、データ、ファンタジー」にある「物質的想像力」とは、フランスの科学哲学者、ガストン・バシュラール(1884-1962)が著書「水と夢:物質的想像力試論」で物質(マテリアル)を詩学的な視点から論じる際に使われた言葉です。そして、水は多くの文化で生命、清浄さ、創造性、変容、無意識などの象徴として認識されています。

本展の総合監修とキュレーションを担当した東京藝術大学名誉教授の秋元雄史さんは「『物質的想像力」と「水」という概念を頼りに作品を訪ね、内面と目前の外界と関わり、空想と現実の空間が象徴するさまざまな意味を感知するーこの展覧会がそのための夢見る世界への扉となるでしょう」としています。

総合監修、キュレーションを担当した秋元雄史東京藝術大学名誉教授。秋元さんは金沢21世紀美術館の館長を務めるなど北陸とは縁深い

 

船とLRTで巡る最先端アートクルージング

GFK2023は富山市の中心部にある富岩運河環水公園から中島閘門を通り、富山湾に至る、約5kmの『富岩運河(ふがんうんが)』沿いを、環水公園エリア、中島閘門エリア、岩瀬エリアの3つのエリアを水上バス「富岩水上ライン」で辿りながら鑑賞します。

富山県美術館と富岩水上ラインのりば

環水公園エリアはアートとデザインが体感できる富山県美術館(2017年開館)や “世界一美しいスタバ”と謳われたスターバックスがある「現代」、中島閘門エリアは重要文化財(近代化遺産)に指定された中島閘門のある「近代」、岩瀬エリアは北前船の交易で栄えた町並みと文化を垣間見れる「近世」、とそれぞれの時代を象徴したエリアとなっています。

2008年のストアデザインアワードで最優秀賞を受賞したスターバックスコーヒー富山環水公園店

水上バスで水辺とそれらの町並みに巧みに展示されたアートを巡り、最後は最先端の交通機関「富山地鉄LRT(ライトレールトランジット)」の富山港線で一気に富山駅に戻るという、あたかも時間旅行をしているかのようなアートクルージングを楽しむことができます。

工芸を新たに捉えなおすアートフェス

環水公園エリア

それでは環水公園から水上バスに乗ってアートクルージングへ出発しましょう。その前に富山県美術館にある作品を鑑賞して、オノマトペの屋上から富山の街や立山連峰を眺めておくのもよいでしょう

久保寛子《やまいぬ》 久保さんのこれまでの作品は手や足など、断片化した人のパーツなどでしたが、今回はやまいぬがモチーフ。プラスティックメッシュの軽さからか、やまいぬが水面を滑っているような印象が

2017年に開館した富山県美術館も本祭会場となっている

オードリー・ガンビエ《soft vases(柔らかい花瓶)》 本作は桑田卓郎さんの陶器に触発され制作した、器の中に入り込めるテキスタイル作品。ガンビエさんの作品をネットで見かけ、SNSで声をかけ、今回の出展につながったのだとか

富岩水上ラインの水上バス「fugan」。姉妹船の「kansui」はGKインダストリアルデザインの朝倉重徳さんの設計で2019年のグッドデザイン賞を受賞している

 

中島閘門エリア

環水公園を出ると水上バスは穏やかな運河の水面を静かに富山湾へと向かって進んで行きます。運河沿いは散歩をする方や市民ランナーの姿も見かけられ、なんとも穏やかな景色が眺められます。

30分もかからずに運河の先に中島閘門が見えてきます。上流側の門扉をこえて閘室内に船が進むと上流側の門扉が閉じ、閘室内の水が出ていくことで水位が約2.5メートル下がり、下流側の門扉が開いて下流域へと船が進んでいきます。

下流側の門扉に架かる橋から上流域側を見た中島閘門の全景

この時、見逃して欲しくないのは閘室の横に展示されている上田バロンさんの作品です。水位が下がった状態の目線で船内から作品を見ると、作品に描かれた星が煌めいて見えます。水位が下がった状態から水位が上がっていく場合はその変化がよくわかります。

上田バロン《夢幻の星屑》 ゲームや出版、広告、アパレルなど多岐にわたる分野で活動するイラストレーター、アーティストの上田バロンさんの作品

閘門を体験した後は下船して、中島閘門とともに国指定重要文化財となっている中島閘門操作室へ。閘門の水位調整などの管理を行う施設で、現在の建物は復元されたものですが、操業当時のままの大理石の操作盤がそのまま展示されています。今回この操作室の内部に作品が展示されています。

作品が展示されている中島閘門操作室

渡邊義紘 《折り葉の動物たち》 昆虫や動物に興味を持ち、切り絵や折り紙と出会ってから生き物の造形をつくるように。本作はクヌギの木の葉を落葉時期に拾い、息を吹きかけながら、指先だけで折って造形している。優しさと繊細さが詰まった作品だ

中島閘門からほんの数分の場所に複数の作品が展示されている“電タク”会場があります。電タクとはこの場所にかつてあった地元のタクシー会社で、廃屋となったその社屋を使って展示されています。電タク屋外の駐車場にはモニュメントのように、カラフルな増田セバスチャンの作品が展示されています。

中島閘門エリアにはいわゆる工芸的な作品はありません。秋元さんは「もちろん工芸の定義を広げようなどというつもりはまったくありません。より幅広く多くの作品を見ていただこうと」としています。この“より幅広く”という点においてなのか、いわゆるアール・ブリュットの作品も複数展示されています。

近年、専門の美術教育を受けずに表現活動を行っているアーティストやそれらの作品はアール・ブリュットやアウトサイダー・アートなどと呼ばれています。中にはパラリンアートや障がい者アートなどと、ことさらに障がい者が表現していることを前面に押し出した展示も見かけますが、本来、アートは作者がどのような人物なのどかを前提に鑑賞するものではありません。本展ではそうした方々の作品を隔てることなく、ひとりの作家として展示しています。

増田セバスチャン《Polychromatic Skin -Gender Tower- # 北陸》 六本木アートナイトでも展示されていたので、見覚えのある方もいらっしゃると思いますが、今回は北陸バージョン。無数の柱や水盤に囲まれ、展示空間の趣も異なっている

横野明日香《2023のダム》 横野さんは架空の風景や場所を独自の視点で描くのだそうだが、一連の作品は学生の時に見た黒部ダムがモチーフとなっている

定村瑶子の展示風景 コロナの影響で事業を終えざるを得なくなった電タクの執務室。その空間に定村さんの作品が巧みに入り込んでいて、独特な空想世界が生み出されている

長恵/(参考作品)個展「越境するミュージアム」2018年 福祉施設で障害のある人たちの表現活動を支援してきた長さん。60歳代で退職後に創作活動をはじめた。「天子」と呼ぶ丸々とした体型の子どもの絵が独創的でかわいい

板垣豊山《Sleeping beauty》 眠る少女や森に囚われた女性などの女性像を描き、これらの作品を「愛を語る行為」と「赦しを乞う行為」としている板垣さん。作品のバックボーンにどんな物語があるのだろう

川上建次《キカイダー01(未完)》 力強くエネルギッシュな筆致。憧れの戦隊ヒーローやプロレスラー、友人たちや園の職員などをモチーフに、現実と思い出が入り交じる。《キカイダー01(未完)》はどのように仕上げたかったのだろう

河部樹誠《首かり200余人》 ひと目見て、誰を描いたかピンとくる楽しさがある作品。思わず河部さんに答え合わせを求めると「よくわかりますね。わからないと思っているので、展示のときには誰を描いたのか最初から記載しておくんです」と。それにしてもものすごい物量

岩瀬エリア

中島閘門エリアから岩瀬エリアへの移動は水上バスでのんびり終着の岩瀬まで行き、そこから徒歩で岩瀬地区へ向かってもいいですし、電タクから徒歩10分ほどの場所にある富山地鉄富山港線の越中中島駅から岩瀬地区の最寄りとなる東岩瀬駅までLRTで効率よく移動することもできます。

岩瀬地区は富山港に隣接しており、江戸後期から明治にかけて北前船といわれる日本海交易の港として大いに栄えた町です。この地区には北陸の五大北前船主のひとつであった廻船問屋・馬場家の「旧馬場家住宅」(国登録有形文化財)や「北前船廻船問屋 森家」(国指定重要文化財)といった当時の様子を伝える建築物など、明治から昭和にかけての時代の雰囲気を色濃く残すレトロな町並みとなっています。

旧馬場家住宅(国登録有形文化財)のトオリニワ(通り庭)。玄関から奥までを貫く、長さ30メートル、幅2.7メートルもの連続した土間

近年ではや「満寿泉」で知られる桝田酒造店をはじめ、蕎麦やイタリアンなど多彩なジャンルの飲食店が出店しており、富山観光の人気のエリアとなっています。

北前船廻船問屋 森家(国指定重要文化財)

本展では旧馬場家、森家、桝田酒造店の酒蔵の内外など、いたるところに作品が展示されています。このエリアの展示にはよく知られた、いわば人気のアーティストの展示が多く、ゆったりと町並みを楽しみつつ、ゆったりとアートと歴史を同時に楽しめる、贅沢なアートクルージングのハイライトと言えます。

富山の銘酒「満寿泉」で知られる桝田酒造店でも展示が

葉山有樹《双竜》 桝田酒造店の酒蔵の扉に

岩崎貴宏《Out of Disorder (Layer and Folding)》 岩崎さんの作品は桝田酒造店の酒蔵の2階に

コムロ タカヒロ《Dog dragon》ほか。過去には無闇矢鱈に入ることが禁じられた酒蔵にいまやアートが!

平子雄一《Lost in Thought / Toyama》 酒蔵の壁面だけでなく、屋根の上にも!

村山悟郎《自己組織化する絵画<過剰に>》 蕎麦の名店と噂の「酒蕎楽くちいわ」にある青蔵での展示

古川流雄の展示風景 桝田酒造店の立ち飲み、沙石の内庭に展示

O33《Inner》 桝田酒造店沙石から中庭に抜ける通り庭に

旧馬場家住宅の西門。敷地内にはクラフトビールが楽しめるKOBO Brew Pubも

桜井旭《馬場家を描くプロジェクト》 馬場家の敷地内では桜井さんが実際に制作中

ささきなつみ《リンジンの標本 Ⅲ「開(かい)」》 馬場家敷地内のKOBO Brew Pub店内に展示

樂翠亭美術館

樂翠亭美術館は環水公園エリアに位置づけられていますが、LRT(ライトレールトランジット)のインテック本社前駅から徒歩5分と至近なので、LRTで富山駅に戻る際に立ち寄るか、最初に環水公園に向かう前に立ち寄るか、どちらかが良さそうです。

樂翠亭美術館は2010年に開館した陶芸、工芸を中心とした現代美術の美術館です。以前、こちらに訪れた京都西本願寺の光照門主が庭園内の東屋を「樂翠亭」と名付けたことから、美術館の名称としています。

ここでの展示は陶芸など、より工芸的な作品が中心となっていますが、その表現は一筋縄ではいかない作品ばかりで、本展において、もっとも刺激を受けた展示です。なお、比較的展示数があるので、十分に鑑賞時間を確保して行く必要があるのでご注意を。

樂翠亭美術館の外観。日本家屋と洋風家屋、蔵などで構成された昭和初期の趣がある建屋は改装により、さらに現代的な要素が加わり、ユニークな建物に。奥には回遊式日本庭園がある

樂翠亭美術館のロゴ。佐藤可士和さんによるデザイン

辻村塊《信楽壺》 無造作に並べられた大量の信楽壺は圧巻の一言に尽きる

近藤高弘の展示風景 東日本大震災を契機に自身をかたどった坐像を制作。本展では白磁の大壺も制作している。どちらも同じ「空和(うつわ)」(近藤さんの造語)としている

川井雄仁の展示風景 某テーマパークへの大好きが炸裂した展示なのかと思っていたら、暗闇の中、中央に設置された壺?をライトで照らしながら鑑賞するインスタレーションが。壁面にコラージュされた写真や雑誌の切り抜きを見ているとなんだか人の頭の中を覗いているみたい

野村由香《Repetitive Activity in Toyama City》 土地と人の営みの関わりをテーマとしている野村さんは、富山の工事現場の残土と神通川から汲んできた川の水を用いて制作を行っている。土が反対側に押し出されていく様はミミズの生態のそれにも似ているが、野村さんが乗って徐々に後ろに下がっていく(後ろに進んでいく)様は、個人的にはなんだかものすごく時間がかかる乗り物みたいにも見える

金理有《青紫採線刻閃冠梟入道》 縄文とアニメ、それにフクロウがモチーフとなった陶器でできたロボット。そんな風に見える。まず驚くのがこれもまた陶芸なのだ、ということだ。またこれがこの東屋に見事にマッチしている

桑田卓郎 《美濃焼》 陶芸にカラフでポップな要素を取り込み、陶芸の新しいイメージを切り開いている。今回は大量な未完成品が見せる歪みやいびつさから、マイナス要素を逆転させる試みを見せてくれる

[富岩運河と中島閘門]

「富岩運河(ふがんうんが)」の成り立ちは、たびたび富山の街に浸水被害をもたらしていた神通川の氾濫を防ぐことに端を発しています。富山市街を蛇行していた神通川旧河川を街の西側に移す工事を明治34年から開始。その後、旧河川の広大な廃川地を埋め立てるために新しい神通川の脇が開削され、それにより埋め立てられた廃川地は現在の富山駅周辺として経済発展に寄与しました。

開削された土地は富岩運河として昭和10年に開通し、港から市内中心部への資材運搬などに活用され、運河沿いには一大工業地帯が形成されました。このように富山の経済発展の要となった富岩運河は、いまや歴史遺産、産業遺産として、富山の水辺の景観を形作っています。

その富岩運河を象徴するのが「中島閘門(なかじまこうもん)」です。閘門とは、水位の異なる水面をもつ河川や運河、水路に設けられた、船を通航させるための施設です。例えば、オランダのように水路の発達した都市で小舟が通るような小さな閘門や、パナマ運河のような大掛かりなものも仕組みは同じです。中島閘門は昭和の土木構造物として、全国初の重要文化財(近代化遺産)に指定され、現在も現役の閘門として、「富岩水上ライン」を楽しむ上でのハイライトとして親しまれています。

天門橋の展望台から富岩運河環水公園ごしに富山駅方面を望む

 

[LRTが実現したデザイン都市]

本展を構成する上で重要な要素と言えるLRT(ライトレールトランジット)。富山市は他の地方都市と同様に人口減少、超高齢化、クルマ依存社会といった課題を抱えていました。こうした課題に対処する上で富山市が取り組んできた「コンパクトなまちづくり」を北陸新幹線の整備認可が後押ししました。

新幹線開業にともなう富山駅付近の連続立体交差化事業の都市計画にあわせ、廃線の危機にあったJR富山港線をLRTとして再生することに。超低床式車両を導入し、富山駅北口から富山港の岩瀬浜までの全長7.6kmを約25分で運行する「PORTRAM(ポートラム)」としてリニューアル。さらに富山駅周辺や市内中央部を周回する環状線「CENTRAM(セントラム)」とつなぐことで、路面電車が速達性、利便性の高い公共交通機関へと変貌しました。

PORTRAM、CENTRAMの車両デザインや電停などの環境も含め、GKインダストリアルデザインがトータルデザインを手掛けており、高いデザイン性により、富山はヨーロッパの街のよう、と言わしめるまでの評価を獲得しました。

富山駅に入線してきた「PORTRAM(ポートラム)」

隈研吾設計の富山市ガラス美術館の前を行く中心市街地を周回する市内電車環状線「CENTRAM(セントラム)」

文・写真=チバ ヒデトシ

開催情報「北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023 物質的想像力と物語の縁起― マテリアル、データ、ファンタジー

会期:2023年9月15日(金)~10月29日(日)
時間:10:00~16:30(入場16:00まで)
会場:富山県富山市 富岩運河沿い(環水公園エリア、中島閘門エリア、岩瀬エリア)
休館日:樂翠亭美術館(水曜)、富山県美術館(水曜)、ほかは会期中無休

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