文=ONBEAT編集部、写真=前橋国際芸術祭広報事務局、ONBEAT編集部
群馬県前橋市、そのまちなか全体がひとつの舞台となる。2026年9月19日から12月20日まで、80日間にわたり開催される「第1回 前橋国際芸術祭2026」 。都市の記憶を掘り起こし、未来へと向かう変容の物語を描き出す試みだ。
まちづくりビジョン「めぶ。」を掲げ、再生を続けてきた前橋という街 。〈アーツ前橋〉、〈白井屋ホテル〉、〈まえばしガレリア〉といった先鋭的な建築群が点在し、アートが根を張る土壌は耕されてきた。この芸術祭は、その無数の「芽」を、より遠くまで届けるための「実装」であるという。ローカルな経験と記憶が、グローバルな問いと出会う場所だ。分断の時代にあって、それでもなお越境しようとする想像力を信じる、内なる開放の志向を宿す。その言葉に、この芸術祭の真なる意図が滲んでいる。
まだ見ぬその芸術祭の骨格を、先行公開された情報から読み解いていく。都市と人が織りなす、新たな芸術のランドスケープ、その深淵を覗いてみたい。


芽吹きの源流:建築とアートの共生
前橋の都市再生は、アートと建築の緊密な協働によって駆動されてきた。元商業施設をコンバージョンした〈アーツ前橋〉、元旅館をリノベーションした〈白井屋ホテル〉。街の記憶を引き継ぎながら、最先端のデザインと現代アートが融合する空間が、前橋の新たな顔を形成する。
この芸術祭の第一期は、建築家・藤本壮介と平田晃久が共同設計する大型複合施設の竣工をマイルストーンに設定されている。街区全体の再開発プロセスを、模型やシンポジウムを通じて定点観測的に紹介するという。建築計画と芸術祭の周期が融合し、都市の変容、その生成そのものが、アートとして提示される仕掛けだ。
これは、アートが完成された「モノ」として存在するのではなく、都市という生命体の成長に「伴走」する姿。硬質な建築の骨格に、柔らかなアートの感性が絡みつき、新しい都市の肌理を生み出していく。建築という構造と、アートという流動性、その二つの力が織りなす、壮大な叙事詩である。

藤本壮介と平田晃久による中心市街地再開発イメージ

まえばしガレリア
詩と日常の交差:見えないものの可視化
前橋は、日本近代詩の父・萩原朔太郎の生誕地であり、古くから「水と緑と詩のまち」として知られる。この芸術祭は、その文学的な土壌を深く掘り起こす。現代アートの領域を超え、詩、演劇、映画、音楽など、多彩な表現領域のクリエイターを招聘し、街の日常に宿る記憶や物語を呼び出す。
詩人・最果タヒがデザイナーの佐々木俊と手掛けるパブリックアート。からっ風をテーマにダンサー・映画作家の吉開菜央が撮り下ろす短編映画。そして、人類学者の石倉敏明とアーティストの尾花賢一による、山岳信仰の聖地・赤城山の民俗を巡るリサーチプロジェクトの続編である。
これらの試みは、アートを通して見えないものを可視化する営みだ。風の気配、土地の記憶、人々のささやかな物語が日常という地表の奥底に埋もれている。この芸術祭は、その隠された本質を、詩的な感性で掬い取る作業を試みる。風、山、川、自然と、そこに暮らす人々の営みが垣間見える。それらが一体となり、前橋独自の詩情を紡ぎ出すのだ。

吉開菜央《風にのるはなし》デジタル/9分/2018
ONBEATが注目するポイント
この芸術祭は、アートファンだけでなく、クリエイティブな思考を持つ人々にとって、深く刺さる幾つもの視点を提示する 。ONBEATの読者層が注目すべきは、その革新的な企画性、そして社会への実装性だろう 。
第一に、都市の再開発プロセスそのものをアートとして見せる、その野心的な企て。藤本壮介や平田晃久といったスター建築家たちの協働を「定点観測」するという発想は、まさに都市を動態的な芸術作品と捉える視点である 。完成した建築を鑑賞するのではなく、その「生成」の過程に立ち会う。それは、従来の展覧会の枠組みを越える、参加型の体験を予感させる。
第二に、へラルボニーの参画 。福祉とアート、周縁と中央、といった境界を軽やかに飛び越える彼らの視点は、芸術祭の可能性を大きく拡張する 。障害を持つアーティストのプロジェクトをキュレーションすることで、芸術祭は、社会の多様性を受け入れるプラットフォームへと進化する 。アートが孤立した場所ではなく、福祉やビジネス、そして人々の生活と有機的に結びつく姿。その協働のプロセスこそが、この芸術祭の核心にある。
そして第三に、「ふるさと納税」を支援に活用するという試み。これは、地域とアートの関係を経済的な側面から再構築する、ひとつの新たなモデルケースを提示する。アートが、単なる文化活動ではなく、都市を活性化させるための経済的基盤となる 。その実践は、日本の地方都市における芸術祭のあり方に、一石を投じるものとなるだろう。
土着と国際、異彩と社会をつなぐ
アーツ前橋とまえばしガレリアを舞台にした企画展 。ここでは、ローカルな前橋の変容と、地政学的緊張や環境問題といったグローバルな課題が交差する。地域の歴史を掘り起こすリサーチや、アーティスト・イン・レジデンスの成果が、世界の同時代的な眼差しと出会う場所である。
へラルボニーや、タカ・イシイギャラリー、小山登美夫ギャラリーといった有力なコマーシャルギャラリーとの連携は、アートのローカルな創造活動を、国際的なアートマーケットへと接続させる橋渡しとなる 。芸術祭が、単なる催しではなく、アートを生成し、発信するプラットフォームとして機能するという構想だ。それは、アートのエコシステムそのものを、地方都市に構築しようとする試みでもある。
この芸術祭の原動力は、市民や地元の文化的リーダーたち 。彼らが仕掛ける「まちびらき」のプログラムは、芸術祭を訪れる人々を、前橋の素顔に触れさせるだろう 。アートを核とした交流が、新たなコミュニティを育んでいく。それは、芸術祭が終焉を迎えた後も、この街に残り続ける、最も貴重な遺産となるに違いない。
都市の、そして想像力の未来へ
「めぶく。」という言葉に込められた意味。それはただ芽が出る、という単純な意味合いではない 。見えないものがかたちを得て立ち上がっていく、都市と人間の深い関係性 。その言葉を未来の合言葉として、この芸術祭は、芸術都市の歩みを共に進めていくことが予感された。
第1回 前橋国際芸術祭2026。それは、都市の歴史と未来、個人の営みとグローバルな潮流、アートと社会、そして人々の想像力を、巧みに編み上げるひとつの物語である。2026年秋、前橋は、その成熟した姿で、私たちを迎え入れてくれるだろう。
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開催概要
- 名称: 前橋国際芸術祭2026
- 開催テーマ: 「めぶく。Where good things grow.」
- 会期: 2026年9月19日[土]― 12月20日[日](80日間)
- 主な会場: アーツ前橋、まえばしガレリア、白井屋ホテル、前橋文学館、前橋市中心市街地エリア



