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ネパール連邦民主共和国

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駐ネパール大使や駐ルクセンブルク大使を歴任し、現在は内外政策評論の他、社団法人日本ネパール協会の代表を務める小嶋光昭氏。氏は仏陀の生まれ故郷ルンビニや、その王子時代の居城カパラヴァストゥの研究を独自に行い、その成果を著書『お釈迦様のルーツの謎』(発行:東京図書出版)として表している。その小嶋氏に特別寄稿文を寄せていただいた。

ブッタ誕生の聖地ネパールを巡る
─ 小嶋光昭

ブッダは紀元前6世紀から5世紀に、シャキア部族王国のスッドーダナ王とマヤデヴィ王妃との間に待望の王子としてネパール南部にあるルンビニで誕生した。
マヤデヴィ王妃は、出産のため郷里のコーリア王国に向かう途中、ルンビニ園で産気付き王子を出産する。王妃は産後カピラバスツ城に戻るが、7日後に死亡した。その部族名(シャキア=釈迦)からお釈迦様の名で親しまれている王子の名はシッダールタ・ゴータマ。王子はカピラバスツ城で育ち、29歳で悟りの道を求めて城を後にした。シッダールタ王子は後にインドのマガダ国(現在のビハール州)のブッダガヤで悟りを開いてブッダ(悟りを開いた者の意)となり、ブッダ教(仏教)の創始者になった。
では、ブッダの生誕地であるのにもかかわらず、何故ネパールではヒンドウ教が普及し、ブッダ教がそれ程普及しなかったのであろうか。ネパールは人口の約80%がヒンドウ教徒で、ブッダ教徒は10%強である。インド亜大陸で多数を占めるヒンドウ教の起源については明らかではない。17、8世紀前後から欧州列強がインド亜大陸に進出して来た際、インダス河より東に居住する民族を「Hindus」と総称し、これら部族が信仰していた神々がヒンドウ教と総称されるようになった。ヒンドウ教は多神教であり、それぞれの部族が信仰する神々や守護神を総称した名称と言えよう。従って、ヒンドウ教の下ではブッダ教も多くの神の一つと見なすこともあるようだ。歴史的には、体系だった教えとしてバラモン教が存在し、古くから部族レベルの神々もあったと見られるが、社会的な変化の中でブッダ教が誕生し、部族信仰の神々もヒンドゥ教という一つの体系となって普及したものと見られる。ブッダ誕生の故郷を巡ると、当時の大きな社会的な変化や歴史的な背景を感じ取ることができる。

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