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細江英公

細江英公インタビュー

HP用細江作品1

おとこと女 作品24

20 世紀を代表するドキュメント写真家であり、日本の 写真界にも少なからぬ 影響を与えたエド・ヴァン・デル・エルスケンから「君はなんて日本的感性の豊かな写真家なのだろう」と言われたそうですが、その感性はどのように育まれたのでしょう?

僕の家はお宮でしたので、きわめて日本的な環境で育ちました。当時のお宮は、地域のお祭り、七五三、お宮参りなど、日本人の生活に密着した場所でした。僕が子どもの頃は戦時中で、出征する兵士が家族と一緒にお宮参りに来ました。町会長さんとか 近所の皆さんも国旗を手に集まる中で、僕の父が立派な声で朗々と祝詞を挙げるのです。その姿は近寄りがたいほど神々しく、儀式の最中、お宮は荘厳な雰囲気に包まれました。その背景には「死」があります。荘厳さというものは常に死と一体です。死は絶対のもので、汚すことができません。不思議な体験でした。それから「只今より行って参ります!」と言って出征する兵士を皆で駅まで送りました。そういう人たちを僕は何人も見ています から、その 中には 帰ってきた 人もいれ ば、戦死した人もいます。

三島由紀夫さんや土方巽さんからも、死を覚悟した兵士のような極限状態の人間が放つ “ 何か ”を感じ取られたのではないですか。

「荘厳」なんて表現は、余程のことでなければ人間に対して使 いませんが、三島さんにも、土方さんにも“ 荘厳さ”を感じる瞬間がありました。それを僕も瞬間的に感じ取って撮影していたのですが、そういう時の僕の顔は怖かったらしいですよ。いつもは優しいのにね。

祝詞を挙げる時のお父様のお顔 になるのでしょう。細江先生自身もシャーマンとなって被写体と繋がることで『薔薇刑』や『鎌鼬』という運命的な写真作品集が 生まれたのでしょうね。

そうかもしれませんね。

先生の本には「本当の写真家は目に見えないものを撮れなければ 写真家とは言えない」というお言葉がありますね。

その通りです。それができなければ写真家ではなく写真屋です。写真はデリケートなものであり、何かを感じ取って撮ることが非常に大事です。

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HP用細江作品2

弟子の玉野黄市を指導する土方巽II