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コシノヒロコ

ヴィジュアルシーンの旅人・コシノヒロコ

HP用コシノ作品1-1

WORK#1475

 

華麗な経歴がよく示している通り、コシノヒロコは世に有名なファッションデザイナーであり、その一方で営々として絵描きをやってきた。少し前までデザイナーの名前としては片仮名を使い、絵描きの名前としては漢字を使って、それぞれを区別していたほどである。もちろん生活の糧を得る「仕事」、ないしは社会をリ ードしていく産業ということでは、圧倒的にファッションデザイナーが優位に立ってきただろう。何しろ1960 年代以降のファッション界を席巻してきた、わが 国を代表する国際的なデザイナーなのだから。だがそうだからといって、絵描きがそれに一方的に服従する立場であったとは、私にはどうしても思えない。なるほど国内外のどこの美術団体にも属さず、ひとり水墨画に向き合うところからスタートし、2012年以降はもっぱら自ら立ち上 げた K Hギャラリー銀座を主な舞台として、黙々と作品を発表しつづけてきた人だ。そうした彼女がいつまでも一向に勝負のつかない、いわば歯ぎしりしたいほどに「混沌とした世界」である美術アートに、飽きも凝りもせずつきあってきたからには、ナルシシズムや自己愛という言い方だけでは済まない、何かがそこにあったに違いない。現に彼女が制作した絵画からは、恐らくファッションブランドの方も同様であろうが、じわじわと地を這うようにしてある種の 熱 みたいなものが 伝わってくる。それは岡本太郎のプリミティヴィズムやジャン・デュヴュッフェのアール・ブリュットともつながる、いわば 70 ~80年代のヴィジュアル世界を被った共通感覚といっていいものかもしれない。別の言葉でいえば、ダリやマグリットが主導してきたファッションアートの西欧主義に偏らず、絵具のシミ、滲み、飛沫、あるいはオスカル・ドミンゲスの技法など、人知を超えて大自然に根差した原初へと回帰しようとする手法だったのである。別の言葉でいえば、ダリやマグリットが主導してきたファッションアートの西欧主義に偏らず、絵具のシミ、滲み、飛沫、あるいはオスカル・ドミンゲスの技法など、人知を超えて大自然に根差した原初へと回帰しようとする手法だったのである。この感覚は今やアジア全域に広がり、バングラデシュの画家カジ・ギャスディンの「偶然性を引き入れる独自の手法」を用いた作品へと発展を遂げている。コシノヒロコの作品がそれらと深く共鳴してきたことは、とりも直さず彼女の絵画の普遍性を表すものに他ならない。ここでも東洋と西洋の美をつなぐ人という高い評価は、しっかりと生きているのだ。

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HP用コシノ作品2-1

WORK#1473