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山口晃

ブログ用山口晃作品1
Stepping Back to Seek the Underneath  前に下がる 下を仰ぐ 2014 36.6×28.9cm pencil, pen, watercolor, sumi (Japanese ink) on paper 紙に鉛筆、ペン、水彩、墨

この春、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」は、多彩な作品群と様々な意匠が施された展示で好評を博した。各メディアで話題沸騰中の山口氏を訪ね話を聞いた。

山口さんは大和絵や浮世絵の様な古典的様式を土台にしつつも、ご自身の作品を現代アート、現代の日本絵画として成立させています。ご自身のアイデンティティ確立のため、日本の伝統文化とどの様に向き合い、またどのような模索をされて来ましたか?

「新しさ」という変化は、生物の是とするところで言うと適応のために行われるべきで、新しくする事で不適応になるんだ ったら、新しくしない方がいいはずなんですね。人間の文化活動とは、掘り下げると生物としての活動ですから、社会が変わった時にそれまで持ち得ていた役割を全うできない時には、表層の部分を新しくしなければいけない。新しくすることで、かつて古い時代にそれが成立していたはずの状態にそれを戻してあげる。「新しさ」って究極の補修の一つですよね。“この場所で生きて、自己保全して、子孫を作る”という、生物として一番古くてありふれた在り方のために人間が適応する過程で“、樹上生活を止める、道具を作る”という「新しさ」というものを手に入れた訳ですね。ところが、文明が進むと何のための「新しさ」か、という事は往々にして忘れ去さられてしま って、「新しくして来たのが歴史だから」とか、「伝統とは革新の連続だ」と言ってしまいがちなんです。けれども、適応している場合でしたら、それは全く変える必要が無い。寧ろ持続させる事の方が「新しさ」よりも意義深い。そのへん見極めた上で新しくするという事が必要ですね。「新しさ」が見える時というのは、「古さ」を含んでいる時だと思うんですね。私なんかも新しい部分を見せたいがために、かなりの部分は古さに負っているんですね。内発性を軸にして、それでも本当に半歩でも進めたらいいと思っています。

ブログ用山口晃作品2
Raigo  来迎圖 2015 181.8×227.3cm oil, sumi (Japanese ink) on canvas カンヴァスに油彩、墨

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