ONBEAT

  • Facebook
  • RSS

天明屋 尚

on
ten2
南北朝の婆娑羅や、戦国時代の傾奇者などの美の系譜を“BASARA”として提唱し、権威主義的な美術体制に対して反旗を翻す武闘派絵師・天明屋尚。彼の著書『 BASARA 』より、その骨子となる第一章をノーカット掲載し、ここに改めて“日本の美”を検証する。

「BASARA」とは?日本独自のカウンター・カルチャー

1. もう一つの日本の美

日本には禁欲的な「侘び・寂び」の美意識や日常的な「用の美」とは対極の、絢爛豪華で華美な「かざり」を好む、非日常的な「ハレ」の舞台でこそ、もっとも顕在化する祝祭的でストリート色の強い美の系譜がある。
前衛美術家の岡本太郎はかつて日本美術を、優美さ・端正さを特徴とする「弥生的」なものと、原初的な荒々しさを特徴とする「縄文的」なものに二分したが、ここでは太郎が示した「縄文的」という概念を継承・発展させ、そのような過美にして反骨な、日本の美の系譜を「BASARA」と総称する。その系譜は、古くは平安時代の「風流」、南北朝時代の「婆娑羅」、戦国時代末期の「傾奇者」、江戸時代の「侠客」と連なり、そして現代の作家はもちろん、ヤンキーやage嬢のデコ文化にまで脈々と息づいている。
さらに「BASARA」の美は戦国の「傾奇者」や幕末の「侠客」など時代ごとに担い手や摂取する外来文化を変え、流行り廃りを繰り返してきたが、ストリートという周縁に連綿と流れ続け、日常を卓越した極限状態での戦闘を存在意義とする武人やアウトローたち、また彼らを支持する庶民に好まれてきた。つまり「BASARA」とは、中央から隔絶されたストリートという周縁から生まれ、特定の共同体に縛られない貴賎の境界を越えた越境者であり、既成の秩序や価値を問いただし、権威に逆らっても自由を求める変革者、また奇矯な視覚を特徴とした遠心的な運動体のことである。(天明屋尚著書 『BASARA』より)

続きはAMAZONでご購入ください

天明屋尚 公式WEBサイト http://tenmyouya.com/index.html
ten3